月見団子、と口にした。
 だからと言ってその日の晩に抜け出すのは如何なものか。
「おい総悟。こんな時間に何処行きやがる」
「こんな時間に出掛ける場所なんて、愚問でさァ」
 明日は非番、私服で夜も更けた時間に屯所を抜け出る理由なぞ、逢瀬以外に何があろう。
 僅かに眉を顰めた沖田へ間髪入れずに悪態吐いた土方は、目的地を知らぬまま同行していた。
 沖田に特定の相手が居ないことは、土方も沖田本人も重々承知している。


「……こんな夜更けに何しに来た」
 同行することについて沖田が嫌そうな顔をしなかったのは珍しいが、着いた場所が場所だけに納得してしまった。
「今日は満月ですぜィ。無粋な質問は無しにしやしょう」
 確かに月はまるまる超えているが、中秋の名月と言う奴にはまだ早い。
 当然のように和菓子屋裏の引き戸を引き、中へ入る沖田を見送り、土方は戸の外に立ち尽くしている。いつからこの木戸は開いていたのか。
 昼間沖田が開け放してからだということを、勿論土方は知る由も無い。
 訪問を拒絶していない証ではあるものの、だからといってのこのこ入っていいものなのか、解らない。
 再来を約束はしていないが名言していたのは沖田だけで、土方は突然の訪問を謝罪する言葉を口にしただけ。
 また以前と同じに立ち寄っても良いのか、質問できていない。
「……何してんでィ。姐さん待たせんじゃねえや、土方の癖に」
 いつまでも後に続いてこない土方に、焦れた沖田が内側から顔を出した。
 付いて来ているものだと思っていたので振り返った先に土方が居なかったことに、沖田は不愉快そうである。
「意味解らねえよ」
 引き返すわけにもいかず、土方は促されるまま引き戸の中へ足を踏み入れる。
 縁側には当然のように三人分の茶と団子を用意して、が待っている。
 示し合わせたかと勘繰るも、昼間先に退出したのは沖田のほうだ。
 それから直ぐに土方も退出したが、その後沖田がと連絡を取ったようには見えない。
 むしろ約束したのは月見団子、それだけである。
「てめえら本当は裏で繋がってるだろ」
「いややわ土方さん。今夜は偶々、団子作って一人月見してだだけどすえ?」
「嘘吐け」
 にこやかに笑うだが、来るか来ないか知れない二人分余計に作るのは『偶々』との言葉で片付けられるわけがない。
 けれど沖田と、二人が裏で画策しているというのも口から出たでまかせで、実際にそんなことがあるわけがないと土方は知っている。
 何だかんだと沖田はを気に入ってはいるようだが、土方とを付き合わせたいわけではないのだ。
 に土方への諫言をしているのだから、むしろ引き離したいはずだ。けれど、今夜付いてくるのに嫌な顔一つしていない。
 普段から何を考えているのか判らない男だ、逆に今夜徹底的にの前で土方を叩きのめす算段なのかもしれない。
 そう身構え、土方は早速縁側に腰を降ろして団子を手に取る沖田を睨み付ける。
 その視線に気付いた沖田が土方を見、舌打ちした。
「何でィ、土方さん。言いたいことあるなら睨んでねェで口で言やいいじゃありやせんか。ったく、これだから根暗な奴は嫌いなんでィ」
「誰が根暗だぁ! お前は普段自分がどんだけの仕打ちを俺にしてるか、胸に手を当てて考えてみやがれ!!」
「後輩の可愛らしい悪戯くらい大目に見ることもできやしねえで、副長気取ってんじゃねえや」
「総悟ぉぉおっ!! 大砲ぶっ放したりすんののどこか可愛らしい悪戯だっ!!」
 そんな風に育てた覚えはねえぇ、と叫ぶ土方に、は思わず噴出した。
 土方が年上のはずだが、こうしていると沖田と同年代のようだ。
「時間考えて大声出しなせェ。近所迷惑でさァ」
「っ!!」
 まるで自分は被害者だと言わんばかりに迷惑そうな顔つきで、沖田は耳に手を当てる。
 何か言い返したげに口を開く土方だったが、沖田の言うことにも一理あると気付いているため言葉が形にならない。
 一種の酸欠状態で顔を真っ赤にし、射殺さんばかりに沖田を睨み付けた。
 そうして黙ったところで漸くの控えめな笑い声に今更ながら気付いた土方が、そのままを睨み付ける。
 普通の人間なら肝が冷えるであろうその睨みも、は笑いながら手を振りおざなりな謝罪を口にしただけ。
 山崎辺りなら平身低頭、必死な顔をするだろう。
 別にそれを求めているわけでもないが、楽しげに微笑を浮かべられては妙なもやもやが胸の内に留まる。
 だが、言葉を返すことも舌打ちすることも躊躇われ、結局土方は渋い顔で煙草を咥えた。
 が何処からともなく灰皿を用意する。
 それを認め、土方も漸く灰皿近くの縁側へ腰を降ろした。
「……総悟。お前、本気で月見団子食いに来たのかよ」
 半分ほど吸って気を落ち着けたのか、静かな声音で土方が口を開く。
 既に三本目に入っていた沖田は白けた視線を土方へ送り、そうですねィと適当な肯定を返した。
「まああんたが付いてくんの判ってたんで、ついででもありやすが」
「あぁ? 何のついでだ?」
「姐さん、何で裏木戸閉めてたんで?」
 土方の質問には答えず沖田は不意にへ水を向けた。
 前触れのないその問いに、はきょとんと目を丸くする。
 その無防備な表情に土方は知らず目を奪われ、慌てて顔を背けた。
「何で、言われてもなぁ……」
 考える素振りで首を傾げ、はちらりと土方を見て、目元を緩める。
「会いとうない人が、居ったんよ。その人避けたら、みぃんな遠ざけてしまうことになってしもうたようやけど」
「そうですかィ。面倒なことしたんですねィ」
 白々しい返事だ。
 わざとらしく目を丸くする沖田に土方は舌打ちした。
 裏で沖田が画策したことは知らないまでも、長年の付き合いから沖田が何か隠していることは知れる。
 ただ、正面から問うたところでのらりくらりと誤魔化されて論点が摩り替えられるのは目に見えていた。
「じゃあ何で今度は開けてんです?」
 土方の舌打ちは無視して、沖田は更にへ質問を重ねた。それが本題だった。
 純粋な疑問である。
 今まで閉め切っていた扉を開けて中に招きいれ、まるで何も無かったように振舞う。
 全て元通り、全て何も起こらなかったことにするのか。
 それについて沖田は珍しく怒っていいのか呆れていいのか、判断に迷っていた。
 付き合いを変える気はないというのなら、それはそれでいいのだと思う。
 だが、違うのならば。
 出方を考え、これからの付き合いを考えなくてはいけない。
 沖田の質問に、はにこりと笑った。
 安心させるような首肯交じりの笑みに、沖田は僅かに眉を寄せる。
「逃げるのは性に合わんと、思い出したんよ。立ち止まっとったら、斬り殺されてしまうさかいに」
「……怖い人と知り合いなんですねィ」
 を斬り殺すのは、沖田でも土方でもない。煩わしいからと斬り殺すなんて辻斬りと同じだから、そんな道を選ぶわけもない。
 免罪符とも呼ぶべき罪があるならば、別だけれども。
「ほんまにねぇ。せやけど、有難いことやわぁ。いつまでもうじうじしとったら、新作も浮かばへんもの」
 ころころ笑うの笑顔には何の迷いも見当たらない。
 沖田は裏を探るようにを見つめていたが、見つけ出したい『何か』は見つからない。
「せやから、沖田さんには悪いけど」
「姐さん後悔しやせんか?」
「してもしなくても、どうせ前に進まなあかんのやもの」
「おい。お前ら二人して、何の話してやがる」
 が店に篭りっきりだったのも裏木戸を閉じたままにしていたことも、関係ないようなやりとりだ。
 土方は完全に蚊帳の外で会話を聞いていたのだが、思わず口を挟んでしまった。
 それに沖田が舌打ちし、土方さんは黙ってて下せぇ、と猫を払うように手を振る。
「おい総悟! てめえ何だその態度はぁっ!」
「うっせえなァ。姐さん本当に後悔しやすぜィ?」
 あんなので、と沖田はうっとうしそうに背後の土方を親指で指し、聞こえるほどの声量でに囁く。
「えぇよぉ。もう、しゃあないやん?」
「そりゃ仕方ねぇっつったら仕方ねえんですがねィ……」
「おいィっ! だから俺一人蚊帳の外に放り出すんじゃねえ!」
「でかい図体して寂しがり屋なんて、気持ち悪ぃですぜィ、土方さん」
「んだとてめぇっ!」
 他の誰に罵倒されようと冷静に対処しようと理性を総動員させるくせに、土方は沖田や銀時の挑発には面白いように乗る。
 今も抜刀しそうな勢いの土方を無視して沖田はお茶を飲み、立ち上がった。
 「姐さんに土方さんは勿体無いですが、姐さんは幸せになることに不満はありやせんぜ。むしろ幸せになるべきだと思いますがねィ」
 諦めに似た声音だが目は真剣で、沖田の本音だと知れる。
「……おい、何の話だ?」
 怒りで顔を真っ赤にしていた土方だったが、沖田の言葉にふと冷静になって意味を考える。
 槍玉に上がっているのは、と土方。自分も話の中心のようだが、どういう話の中心になっているのか、今一理解できていない。
「ま、土方さんは不幸になってそのまま地獄に堕ちますがねィ」
「おいィっ!! 何でてめえ言い切ってやがんだ!!」
 やっぱり此処で侮辱罪で粛清する、と息巻く土方を一瞥し、じゃあ帰りやすと沖田はに頭を下げた。
 まともに相手にもしない沖田の態度に、土方は柄へかけていた手はそのままで、気を削がれて怒気を収める。
「おい、総悟?」
 今までもこうして無視されたことは勿論あるが、何だか妙な具合だ。
 裏木戸へ向かった沖田は戸を開ける間際、漸く振り返る。
「俺ァ今夜はダシに使われてやりまさァ」
 感情の読めない顔で飄々と言葉を発したと思えば、魔王の如く底冷えする瞳で土方を見下ろす。

「俺が居なくなってから睦言でも囁やきゃいい」

 形の無い呪詛を投げ付け、沖田はさっさと出て行く。
 固まる土方をよそに、はくすくすと楽しげに笑っている。
「……何かあいつ、勘違いしてんじゃねえの? なあ?」
 我に返った土方が、そわそわと落ち着き無く視線をさ迷わせる。
 震える手で煙草を咥え、火を点けようとして何度も失敗する。
「さあ? うちに聞かれても」
 自覚ある土方さんが、よぉく知ってるのでしょう、と。
 に深い笑みを浮かべられ、土方は思い切り顔を背けた。