非番だろうと特にやることもなく、行きたい場所も思いつかなかった土方はなんとなく街中を歩き回っていた。
 気付いたら和菓子屋の裏手に立っている。
 吹かし煙草でほんの一瞬考えて、引き戸に手をかける。
「……あ?」
 引き戸であるはずなのに戸が開かない。
 押すのだったかと試しに押してみたけれども効果なし。
 暫くがたがた戸を動かし、何をしようと戸が開かないことに納得する。
 訪問の約束は取り付けていない。
 表に回って店主を呼べば入れてくれるだろうが、そこまでして縁側に回りこむほどの仲ではない。
 自分を避けるためだろうかとふと思いつきはしたが、理由までは判らない。
 桂など攘夷浪士が滞在している可能性も頭を過ぎりはしたものの、戸を破って押し入るほど切羽詰ってはいない。
 逆に違う相手で、土方がおいそれと会えるような立場の人間ではなかった場合、色々な意味で危険だ。

 仕方がないと諦め、土方はまたぶらぶらと散歩に戻る。
 けれどその日以降、和菓子屋の引き戸を開くことはなかった。
 行っても開かない日ばかりが続き、沖田も締め出されてしまったようだったからだ。
 自然と足が遠のくのは必然で、なんとなく続いていた真選組と和菓子屋店主との縁は、ぷつりと途切れてしまった。

「……あ」
「あ?」
 巡回していた沖田が何かを見つけたように足を止めた。
 隣を歩いていた土方もそれに釣られて足を止め、沖田が目を奪われている方向へ顔を向ける。
 がにこやかに反物屋の店員と話している。
 別に気を惹かれるものではないだろうと呆れて土方が沖田を見下ろすと、何故か沖田は関心したように頷いた。
「何だ。姐さん引きこもってんのかと思ってたら、結構出歩いてんですねィ」
「何言ってやがる」
 引きこもるようには見えないし、傍目から見ても久々の外出のようには見えない。
「ここんところ店の表にも出ねえで新作考えてるようですし、裏ァ回っても戸が閉まってて、姐さん見るのは久々でさァ」
 言いつつも沖田は特に声をかけようともしない。
 仕事中なのだから当然ではあるが、普段なら遠くに居ようとお構いなしに声を掛けに行って少しでもサボろうとするはずで、妙な違和感が感じられる。
 訝る土方が眉を潜めると、沖田がまた、あ、と短い言葉を発した。
 が此方に気付いたようで、微笑を浮かべて小さく頭を下げたのだ。
「姐さん、久々でさァ」
 飄々とに声をかけた沖田だが、その言葉が渋々出したような音を隠しているのに土方は気付く。
「そうやねえ、沖田さんに土方さん。久々やわぁ」
「買い物で?」
「えぇ。天気もえぇしなぁ」
 どちらも互いに歩み寄らないまま、奇妙な間を空けて会話が成立している。
「そうですかィ」
「近いうちまた店にも来てくださいねぇ。ほな、また」
 微笑んで会釈をして去っていくの後姿を、土方と沖田は無言で見送る。
「……気付きやした?」
「ああ」
 横目で一瞥する沖田の視線には答えず、短く同意を返し紫煙を吐き出してから、土方はにやりと笑う。
「目、一度も合わなかったな」
「面白いくらい笑ってはいたんですがねィ」
 以前ならはしっかり目を見て話をしていた。
 接客業をしているのだから、それだけ好感を持たれるよう気を使うのだ。
 誰に対してもそれは変わらず、は客だろうと真選組だろうと会話をするときは視線を合わせていた。
「嫌われたんですかねィ」
 原因はなんとなく察しはついている沖田だったが、惚けて土方をちらりと盗み見る。
 理由の解らない土方は沖田の視線を無視して手持ち無沙汰に煙草を咥えた。
「さあな……」
「土方さんが」
「俺かよ!」
 当たり前でさァ、と沖田はわざとらしく目を剥いて驚いてみせた。
「つうかお前が何かしたんじゃねえの?」
「そりゃどういう意味で?」
「どうって……。判ってんだろうが」
 奇妙な間を、気付かれないとでも思っていたのか。
 空惚けようとする沖田に土方は舌打ちする。
 その舌打ちに二三度瞬きし、沖田は土方を無視して歩き出した。
「あ、おい!」
「屯所戻って、話しまさァ」
 往来の真ん中で、ぺちゃくちゃと話す趣味はない、とばかりに沖田は早足で屯所へ向かう。
 体よく見回り放棄できる計算も入ってはいたものの、勿論それに土方は気付かない。
「──で?」
 自室で膝を向かい合わせて座り、土方は首元のスカーフを緩めた。
 既に咥えた煙草には火が点いている。
「大したことはしてやせん。土方さんにあんたは勿体無いから、他当たってくれって言っただけでさァ」
「──……」
 淀みなく言われたことを理解するのに、頭が追いつかなかった。
 あんた、とはのこと。勿体無いとは、不釣合いということだろう。他を当たれとは……。
「──っつか、何で俺とあの女が付き合ってる前提で話進めてんだよ!」
「え? 土方さん、いつ姐さん口説き落としたんですかィ? んなことしたってどうせこっ酷く振られるだけでしょうに」
「してねぇぇっ!! 振ってもいなけりゃ振られてもいねえよ! つか、俺とあの女の間にゃ何もねぇっ!!」
「んじゃ何か生まれる前で良かったじゃねえですかィ。姐さんにあんたなんか、姐さんが苦労すんの目に見えて可哀想でさァ」
「アホかぁぁっ!!」
 激昂し、恐らく目の前にちゃぶ台があれば何度もひっくり返しているだろう土方は、取り澄ました顔で座っている沖田の肩を握る。
「お前なぁっ、んなありもしねえこと言ったら駄目だろうが! 俺がまるでストーカーっつうか惚れられてもいねえ女を袖にしたようで、俺一人悪者だろうが! そりゃ避けられるだろうよ! 自意識過剰すぎる危ない奴だって思われて、敬遠されっだろうよ!!」
「土方さん、肩離してくだせェ。何を今更取り乱してんですかィ。自意識過剰な危ない奴なのは、前々からじゃねえですかィ」
 肩を掴む土方の手の甲を抓り上げて離させ、沖田は一つも取り乱すこともなく淡々と語る。
「それともなんですかィ。これから姐さん口説こうって魂胆だったんですかィ」
 だからこんなに悪評を立てられるのを避けようとするのか。
 沖田の無感情な瞳に見据えられ、土方は言葉に詰まった。
「んなわけねえだろうが……」
 視線に耐えられず顔を背け、ぼそぼそと話す姿は図星を突かれたようにしか見えない。
 あぁやっぱり、と沖田は口にはせずに思う。
 自覚してようとなかろうと、土方がに惹かれ始めているのは明白だ。
 沖田がに釘を刺した後日、和菓子屋の裏が閉まっていたと話していた土方に会った。
 あの時は何気なく聞き流したし土方も特に何も思っていないようだったが、どうしてわざわざ非番の日に家へ押しかけるのか疑問にさえ思っていなかったことが恐ろしい。
 自分や神楽のようにただサボりたいとか遊びにだとか、そんな理由で行く気安さがあるのなら気にも留めはしないのだ。
 妙なところで生真面目すぎる土方が、仕事以外で和菓子屋を訪ねるなんておかしい。
 情報収集などは山崎に任せておけばいい。サボりがてら話をする沖田にだって、容易なことだ。
 理由を付けなければ訪問することさえ出来ない、ましてや非番の日に寄ってみたなど、天変地異の前触れだ。
「あぁやっぱり……」
「な?! 何がやっぱりだっ! 違うってんだろうが!」
 わざとらしく溜息交じりで言葉を濁すと、明らかに土方は狼狽する。
「へーへー。判りやしたよ。土方さんは姐さんに惚れちゃいねえですよ」
「……んな気持ちの篭もってねえ返事なんざ、いらねえんだよ!」
 面倒そうに耳の穴に小指を突っ込み、沖田は土方の言葉を適当に受け流す。
 いつも通りのやりとりで、本題を有耶無耶に濁した。
 この一件をきっかけに、恐らく土方も意識してを避け始めるだろう。
 不器用な人間だからこそ、相手が自分を避けているのならと自らも同じ道を辿ることを、沖田は判っている。
 に言ったように直接言えば火に油を注ぐようなもので、土方にはこうして間接的な攻め方をするのが効果的だ。