土方を置いてさっさと帰路に着こうとする沖田を何とか宥め、店の前で車を止めて待っていた。
土方のように喫煙の趣味はないため二人は手持ち無沙汰ではあったが、持っていたトランプで暇潰しをしていた。
だが勿論、既に沖田は飽きている。
「……山崎ィ」
「はい、何ですか?」
「暇潰しにこいつで刀の試し切りしても」
「駄目ですよ! 何言ってんですか、折角捕まえたじゃないですかっ!」
言葉と同時に脇差を抜きに掛かっている沖田を山崎は慌てて止める。
刀を新しくしたわけでもないのに、試し切りなどされては困る。
否、それ以前に折角の生き証人をむざむざ闇に葬られては後で土方が戻ってきたときに、山崎自身の命が危ない。
「ずっと車に篭もってるからですよ、沖田隊長! ちょっと外の空気でも吸ってみたらどうですか?」
「排気ガス臭ェだろうが」
車の往来も喫煙する人間も多い。
特にこの場所は色街といっても過言ではなく、女の白粉の匂いも充満している。
ますます機嫌の悪くなる沖田に山崎はどうしようかと興味の向けどころを探していると、店の路地裏から見慣れた制服が姿を現した。
「あ、土方さん帰って来ましたよ。さんと……あれ、何だ? あの男」
後ろ手に手錠を嵌められているらしい男を小突きながら先を誘導し、咥え煙草の土方がパトカーに気付いた。
顎でしゃくってに知らせ、はパトカーの中の三人に向かって頭を下げる。
「沖田さんも山崎さんも、こんな遅うまで、おおきにねぇ」
「あ、いえそんな。これも仕事ですから気にしないで下さい」
すまなげに眉根を寄せるを見て逆に山崎の方が動揺し、慌てて車から降りて頭を下げようとする。
運転席のドアを乱暴に蹴り、山崎が外に出るのを押し止めたのは土方だった。
車体が揺れ、不機嫌そうに沖田が胡乱げに土方が連れてきた男を見やる。
「土方さん、何でィその男はァ」
「樫山の用心棒の生き残りだ。こいつも桂と繋がってるようだから屯所戻って居所吐かせっぞ」
「へい」
パトカーの後部座席、先に乗っていた樫山の横へ土方が男を押しやる隙に沖田は車の外へ出ていた。
そのまま屯所へ帰還させようと考えていた土方は沖田の行動を、不審げに見る。
「どうせあと二人も車に乗れねえんだし、俺ァ姐さん送って帰りやす。土方さん、山崎と一緒に先に帰ってて下せェ」
「は? いや、こいつは……」
一人で帰らせるわけにはいかず、かといってパトカーに乗せるにも人数の限界がある。
土方か沖田、どちらかが徒歩で帰るのも良いのだが、密告者と被疑者が同じ空間に居るのは居心地が悪いはずだ。
だからを送る役を自ら買って出てやったつもりだった土方だが、車から出てきた沖田は土方をいつも以上に険の篭もる目で眺める。
「何ですかィ土方さん。こんな夜更けに姐さん送って行って何しようってんですかィ。やーらしぃ」
ねえ姐さん、とにまで同意を求めるのだから、土方の苛々は募る。
その態度を沖田はまた図星だとか煽り、車の中で待機している山崎はいっそのこと三人を残して発車してしまいたくなる。
だがそんなことをすれば屯所に帰って確実に土方から切腹を迫られ、折檻を受けるのは目に見えていて、できない。
山崎の気持ちを表すギアは、ドライブとパーキングを忙しなく往来している。
「ばっか、お前っ! んな馬鹿なこと言ってねえで、店まで送ったらとっとと戻って来いよ!」
「へぇへぇ。土方さんじゃあるめえし、女の所にゃ寄らねえで真っ直ぐ屯所へけぇりやすよ」
「総悟、ふざけたことほざくんじゃねえ!!」
「否定しねえところが土方さんが土方さんである所以でさァ」
「訳わかんねえよ!!」
ひとしきり沖田と土方の言葉の応酬が行われ場の雰囲気がぶち壊された後、漸くパトカーはその場から走り去った。
運転席の山崎の顔が酷く青褪めて見えたのは、きっと気のせいではない。
「さて、と。随分待たせちまって、すいやせんねィ」
悪びれた音はなく、沖田は頭を掻きながらを振り返る。
「別にうちは構わへんのに」
「そういうわけにはいきやせん。帰り際姐さんに何かあったりしたら、真選組の信用が地に落ちまさァ」
街中でバズーカ砲をぶっ放したりすることを平然と行っている筆頭であるはずの沖田が言うと、空々しさにも拍車がかかる。
勿論口には出さず、は口元をゆったりと緩めるだけに留める。
沖田自身も知っているだろうそれを、わざわざ口に出すのも烏滸がましい。
さァ行きやしょうと促され、は沖田と連れ立って歩き出す。
「ところで姐さん、何で一人で行ったんで?」
「あれはうちの仕事かなぁ、思うたから」
真選組にお願いしたのは隣の部屋で待って貰う事、樫山を連行して貰うことだけだ。
外に居る浪人のことまで頼もうとは思っていなかった。
それに、其処まで頼るほどは真選組へ絶大な信頼を置いているわけではない。
沖田はの言葉の裏に含むものを読み取ったように、へぇと生返事を返し頭を掻く。
「何でィ。俺ァてっきり土方さんに助けて貰うためかと思ってやした」
はそれを聞いて足を止める。
図星を突かれたわけではない。
考え付きもしなかったそれに、頭も身体も停止してしまったのだ。
「──」
目を丸くしたまま動かないに沖田も足を止め、口の端を僅かに上げる。
「図星ですかィ?」
言われ、は二三度瞬きしてゆっくりと頭を横に振る。
緩慢な動きながらも否定の色は強い。
「そうそう土方さん使こうたら、真選組の皆さんに疎まれてしまうさかい。勿論、沖田さんにもねぇ」
付け足しの言葉に自分でもおかしかったのか、が小さく笑いを零すのを、沖田は意地の悪い笑みを納めて眺めた。
「そんじゃ、付き合ってたら使ってもいいんですかィ?」
「…………どういう話の流れなんやろ」
「もしくは付き合う切欠ってぇのはどうですかィ? ベタで使い古されたネタですが、土方さんならあっさり引っかかってくれやすぜィ」
「沖田さん、別にうちは土方さんと恋人同士やあらへんよ」
「知ってまさァ。もしそうなら俺がどんだけ冷やかしてもあんたを送る役目をあっさり譲るわけがありやせんや」
最近土方の様子はおかしい。
の元へ行く理由は知ったが、それでも何処となく不自然な気配がする。
先ほどが姿を消したことも土方には合点が行ったようだったし、連れ立って帰還したのだから何処に居るのか大方の予想は付いていたということだ。
時折土方は単独行動を起こすことは多いが、それでも山崎などには行き先を言っていたり、共に行動することが多い。
だのに。
「付き合ってるわけでもねえなら姐さん、土方さんの弱みでも握ってんですかィ?」
それで脅しているというのならば、納得してもいい。
だがは沖田の予想通り、それを否定する。
「それは沖田さんのほうが、よう知っとるんちゃう?」
長い付き合いなのだから、沖田が握る土方の弱みのほうが多い。
知り合って間もないが掴む弱みなど、沖田のほうが先に掴んでいる可能性が高いものだ。
「それにそんなことで動いてくれるほど、土方さんがうちに心開いてるとは思えへんなぁ」
「土方さんが心開いてる相手なんてぇのは、片手にも余りまさァ」
その数に自分が入っているであろうことを知ってか知らずか、沖田はいつも通り飄々とした態度で肩を竦める。
「まあんなこたァどうでもいいんですが、あんまり無茶はしねえでくだせえよ」
「心配してくれるん? おおきに」
「そりゃ俺ァ姐さん好きですからねィ、土方さんより」
沖田の基準では、果たして土方はどれだけの地位に居るのか。
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