浮き足立った気配がしている路地を覗き込み、はあぁやぱりと笑う。
「こんばんは」
「っ!?」
 声を掛けると一斉に殺気を剥き出し、を睨みつけた数人の浪人達が呆気に取られたように一瞬気を抜く。
 そして不審げにを見た。
「……どうしてここに?」
「つい今しがた若旦那が真選組に捕まった、て知らせに」
 その言葉が引き金になり、消えかけた殺気が膨れ上がる。
 金で雇ってもらった浪人達は、金を払う相手がいなければ食いぶちに困る。
 妙な矜持も持ち合わせているから、例え一時でも主人になった男の身柄の在り方に不満を抱き、現状をもたらしたであろうに向かって敵意をむき出す。
 以前を迎えに行った仲間が土方にやられた記憶は新しい。
 あの時は不運だと真選組へ怒りと憎しみを募らせたのだったが、今回も彼女が関わりを持っているのだとしたら、導かれる理由は一つ。
「貴様、裏切ったな!」
 リーダー格らしい男が低く唸って刀を抜くと、他の男たちも倣って刀をへ向ける。
 予想していた通りの流れには顔色一つ変えず、やや首を傾げてみせた。
「うちがいつ、裏切ったん? そもそもうちは仲間やないし」
「黙れ! 桂さんの昔馴染みだからと見逃しておけば、付け上がりやがって!!」
「へぇ? うちは見逃されておったんやなぁ」
 まるで桂がいなければは生かされていなかったのだといわんばかりの言葉に、思わず片眉を上げる。
「さっき言うたばかりやけど、うちはこたの……桂やあんたらの仲間やない」
 日本刀を構えて隙を窺う数人の男を前に、は少しも揺るがず言葉を続ける。
 殺気と怒りが混ざる不穏な空気が肌を擽る。
「勿論、真選組の仲間でもない」
「この女狐が! お前が知らせたから奴らがここに来たんだろうが!」
「それは、合うてる。せやけど、」
 が呼んだのでなければ、こうもタイミング良く真選組が駆けつけるわけがない。
 たとえ前々から見張っていたとしても、先回りしている現状ではが彼らと手を組んでいたとしか考えられない。
 いきり立って斬りつけようと間合いを取る横の男を一瞥し、は懐にそっと手を這わせた。
「あの人の場合、女を無理矢理手篭めにしとるさかいに、自業自得やろ」
「貴様!!」
 捕まって当然だと言い放つに、男が一人感情のままに刀を振り翳す。
 袈裟懸に振り下ろされた刀は肩に当たる寸前、小太刃で受け止められた。
 瞠目する男ににこりと笑い、はそのまま刀を押し返す。
 慌てて男が刀を持つ手を握り直し、刃が互いを押し合い金属の擦り切れる音が響いた。
「……そんな小さな刀一本で、俺達から逃れられると?」
「場数はうちの方が多い。それに」
 ふいにが小太刃を支える力を抜く。
 急なことに対処できず、男はバランスを崩した。
 咄嗟に刀を振りかぶるがはそれを後ろに跳び退って避け、逆に小太刃で刀を持つ男の手の甲を切りつけた。
「ぅあっ!」
 鋭く走った痛みに男は思わず刀から手を離し、主を失った刀は地面に落ちる前にが救い上げて男の頬へ刃先を当てる。
「武器は奪えばええんよ? 窮地に陥った時の当然の策やなぁ」
 用のなくなった小太刃を懐へ仕舞い込み、は動けなくなった男から刀を下ろした。
「この……っ!」
 たった一人から武器を奪ったところで戦意が喪失するわけはなく、逆に煽ったと言ってもいい。
 赤くなった手を庇うように胸元で握り、を睨む男とを阻むように男たちが刀を構えて立ち塞がる。
 刀を奪ったのだからもう男には用がないのだが、そうして庇う団結力の強い男達の姿に、は思わず笑う。
「こたに嫌われてしまうかなぁ……?」
 このまま男達を切り伏せてしまったとしたら。
 疑問に思うような口調でも、刀を構えたの立ち姿には一分の隙もない。
「嫌ならそこを退け」
 左手に刀を持ち直し、男達を見渡したの背後から不機嫌そうな男の声がした。
 同時に香るのは、真選組副長の愛用する煙草の芳香。
 男達に動揺が走り、次いで憎悪の空気が増す。
「土方ぁっ!!」
「やかましい」
 舌打ちとともに投げ捨てた煙草が一人の男の着物に当たり、男達は慌てて消化作業に当たる。
「ちょっと目ぇ離すとどこにでも行きやがるな。ちったぁその場でじっと待つってことを覚えろ」
「人を物覚えの悪い犬みたいに言うのは、失礼ちゃう?」
「うっせえ。わざわざてめえから巻き込まれに行くような女にとやかく言う権利はねえよ」
 面倒そうに言い捨て、土方はの前に立つと刀を抜いた。
「一人で片付ける総悟に比べりゃ、お荷物もいいとこだ」
「……おおきに」
 やり取りを聞いていたのだろう、わざわざ突き放す言い方をする土方には苦笑した。
 狭い路地で刀を交わらせるのは少々場所が悪い。
 だが場所を変えると、無関係の人間を巻き込んでしまう可能性もある。
 殺気立つ男達と向かい合い、土方は口の端を上げる。
「面倒だ、纏めて来い」
「野郎!」
「舐めやがって!」
 挑発に乗り、男たちが土方へ斬りかかる。
 一人目の太刀を避けて刀を横に薙いで男の腹を斬り割き、蹴って二人目の隙を作る。
 仲間の血を吹く身体の攻撃で陣営を崩した男達の中へ割って入ると、土方は容赦なく男達を斬り割いていく。
 武器を持たない男は動揺し、土方に向かう仲間に背を向けて逃げ出そうとした。
 だがその鼻先に、己の刀を突きつけられる。
「何処へ行くん? このまま逃げ帰ったりしたら、大恥かいてしまうよ?」
「おい和菓子屋! 武器渡しやがったりしたらただじゃおかねえぞ!」
 数人の男と立ち回りを演じながら怒鳴る土方に肩を竦め、は懐にしまっていた小太刀を取り出して男に差し出す。
「あぁは言うけど、うちはどっちの仲間でもないんやからこれくらいは……」
「こんな小太刃で何ができる!」
 虚仮にするなと男は激昂して小太刃を払い除ける。
 その拍子によろけたを胸倉を掴み、男は自分の刀を奪い取っての首元に突きつけた。
「土方ぁっ!」
 を反転させ、着物の合わせを乱暴に掴んで首元に刀を押し当てて土方に見せ付ける男の目は血走っている。
 それまで大暴れしていた土方だったが、それを見て呆れたように息を吐いて頭を振った。
「あー……もう面倒だからそいつ斬っちまったらどうだ?」
「真選組の土方さんは人でなしいう噂はほんまやったんやなぁ」
「わざわざ人質になってやるほど、そっち側が良いんだろ」
「ふざけるな!」
 男を無視した二人のやりとりが癪に障るように、男が叫ぶ。
「ほな、まじめに行きましょか」
「っ!?」
 軽い口調のの言葉の意味を考える前に、は男の刀を持つ手の甲を再度小太刀で斬りつける。
 怯む男の手を取りながらその腕の中から抜け出ると、の持つ男の腕は自然に捻り上げられてしまった。
「まぁ、これくらいは基本やろ?」
「てめえ体術身に着けてんのか」
 刀を取り落とす男の腕を軽く捻り上げながら背後に固定し、は煙草を咥えた土方ににこりと笑う。
「自分の身ぃは、自分で守らんとねぇ。京都に居たとき、近くに道場あったさかいに」
 体の小さくか弱い女性でも身を守る術を、と合気道を教える道場が近くにあった。
 着物姿で刀を振り回して立ち回りをするには動き辛い。
 銀時のようにズボンを身につけているわけでも、桂のように身軽な和装をしているわけでもない。
 帯で腹部や胸部は圧迫されているのだから、それを苦にならないよう相手の体力を使わせてもらうには合気道は丁度良い。
 それに何よりも、元来は銀時のように人をおちょくるのが好きなのだ。
 驚く顔を見るとしてやったりとほくそ笑んでしまう。
 役に立ったわぁ、と男を取り押さえたままのが笑うと紫煙を吐き出した土方が近付いて落ちた刀を蹴った。
 手の甲を傷つけているとはいえ、を見ているとあっさり振り払われてしまいそうに見えた。
 それから男の手に手錠を掛け、の手から男を奪う。
「こっから先は、俺の仕事だ」
「承知しました。ほな、宜しゅう。お礼は後日改めて」
 笑顔で頭を下げ、立ち去ろうとしたを土方は呼び止めた。
 まだ用があるのかと足を止めたを、土方は新しい煙草を咥えて顎をしゃくる。
 ついて来いということなのだろう。
「もう用はないんちゃう?」
「総悟と山崎に一言の挨拶もなく帰るのは薄情じゃねえか。礼は後日なんて悠長なこと言ってねえで、今直接言え」
 土方の言うことは正しい。
 だが、は困ったように笑って着物の合わせ部分を指した。
「血ぃ付いてしもうて、あんまり人前に出とうないんよ」
 男の浅くもない傷付いた手の甲から滴り落ちた血が、の着物の合わせを汚していた。
 目立つほどの染みではないので土方はが嫌がるのか判らない。
 だが女なので外見が気になるのだろうと納得はする。
 納得はしたが、だからと言ってこのまま帰す気はない。
 を探しに行ったのに傷を負った浪人一人を連れて帰っては、沖田に何を言われるか知れたものではないのだ。
「……目立たねえよ。そんなに総悟達に血まみれの自分を見られたくねえのか」
 諍い事には縁遠い自分だけを見せ、綺麗な身だと本来の自分を隠しておきたいのか。
 そんなに嫌われたくはないのか、と土方は冷えた視線でを見る。
 口を塞がれていない男が悪態を吐いていたが、一切無視だ。
 は土方を見、男に視線を移し、やがてくすくすと笑い出す。
「思うことは罪やないもの、うちは沖田さん達にはこういう自分は見せとうない。一緒に戦える力、もう残っておらへんからなぁ」
「何処が」
 おっとりとした物言いと振る舞いをしていて、あれだけの意表をついた動きが出来るのであれば上出来だ。
 確かに戦闘が長引けば動き辛い服装は足を引っ張ってしまうだろう。
 けれど引退したというには、俊敏すぎる動きではある。
 間髪居れずに突っ込みを入れた土方には笑う。
「そこまで言われるんやったら、仕方あらへんなぁ」
「いい子ちゃんぶりやがって」
「あら。うちは昔からこうやからなぁ、こたも銀の字も知っとるよ」
 態度をころころ豹変させて相手に媚を売っているように見ようが、誤解されたくない相手にさえ素の自分が知られているのならば何も恐れることはない。
 精神的に打撃を与えようとしているらしい男にはおかしげに笑った。
 仮に男が逃走して桂にのことを訴えようと、は気にも留めない。
 恐らく桂もに裏切られたとは思わないのだろう。
 ただし、理由を訊きに来ることはあるだろうことは容易に想像できる。