出会い茶屋や奥座敷など、男女の睦言に使用されることを目的とした店は、密会するには丁度良い。
人目を避けるものばかりが出入りするので、指名手配を受けている人間も容易に出入り可能だ。
高杉と会う際は必ずといっていいほどそうした場所を使用する。
酒を呑みただ話をするだけだとしても、都合が良い。
一度真選組の手入れを受けたことはあったが、幸い相手が高杉だとばれてはいない。
それに今日の相手は高杉ではないのだ。
けれど高杉と手を組むことを承諾した樫山であるため、ある意味裏切りに近いのかもしれない。
隣の続き部屋に土方たちを待機させ、は相手が来るのを部屋で一人静かに待っている。
人相の悪い攘夷浪士を用心棒として雇い、以前を迎えに出迎えさせた相手だ。
あの時は土方が全て始末をつけてしまったので、迎えが来なかったという下手な言い訳をしても渋々受け容れられた。
死人に口無し、が途中まで同行していたことは土方以外知らない。
「──お待たせしましたね、さん」
静かな音を立てて襖が開かれ、やや小太りの男がを見て笑った。
「この間は、申し訳ありませんでしたわぁ」
素知らぬふりで頭を下げ、は申し訳なげに首を傾げる。
「いやいや……。此方こそ迎えを寄越すといっておいたのに、どういうわけかその連中が姿を晦ましてしまいましてね。さんにも待ちぼうけを食らわせてしまい、ご迷惑をおかけしました」
「そうやったんですか」
お互いに事実を知っているくせに、空惚けて笑い合う。
の隣に腰を降ろした樫山はの酌を受け、酒を呑み始めた。
暫く談笑しながら酒と食事を楽しんだ後、互いに見詰め合って会話が途切れた。
「……さん」
「はい?」
樫山が酒を注ごうとしたの手を取り行為を止め、やんわりと握る。
何か言いたげに無言でを見つめると、樫山はと距離を詰める。
「どうかしはりました?」
何も感じないように笑みを浮かべたまま、は樫山を窺った。
樫山はそんなを見て笑いながら、首を横に振る。
「何を今更。分かっているでしょうに」
そう言ってを立たせると、隣の部屋へ続く襖を開けた。
誰も居ないはずの、趣味の悪い赤暗いの照明の落ちた部屋に一番会いたくない人間達が居る。
「っ!?」
「はぁい、強制わいせつ罪の現行犯で、しょっ引かせて頂きやすぜィ」
「強姦未遂も付け加えてやるから、感謝しろ」
驚きで襖を開けた格好のまま硬直する樫山に、隊長服を横に脱ぎ捨てていた沖田と土方が顔を向けている。
赤とピンクの照明の下、敷かれた一組の布団の上には土方と沖田が山崎に配らせたトランプを手に円を組んで座り込んでいた。
暇潰しにポーカーでもやっていたようだ。
言葉を失い蒼白な顔で唇を戦慄かせる樫山の手から、はするりと逃れる。
「堪忍ね」
どちらに向かっての謝罪なのか、は微笑んで一度だけ頭を下げた。
*
此処で待機してくれと押し込まれた部屋は悪趣味極まりなく、真選組三人は一斉に眉を潜めてしまった。
行かないと言っていた沖田だったが、結局暇潰しと称して付いて来ている。
赤だかピンクだか、とにかく気持ちの悪い照明の中、きらきらと星が瞬くイルミネーションが上下左右関係なく広がっている。
「……気持ち悪ィ」
「これで回転ベッドなんてあったら、まんまラブホですね」
幸い畳敷きの和室には一組布団が敷かれているだけで、ベッドはない。
「そういうことしか考えてねぇ野郎が相手なんだろ」
判っているのに付いてくるというの神経を疑う。
もしあの日土方が通りかからなかったら、はこの部屋に連れ込まれていたはずなのだ。
逃げられる算段でも本当は付いていたのか聞いてみたいが、聞いても答えは否だろう。
肝が据わっているのか単なる無鉄砲なのか。
「……」
「……」
「……」
示し合わせたように三人は息を吐き出した。
ぼっとするのも眠くなるので、三人は持って来ていた携帯用オセロやトランプで遊び始める。
暫くすると待ち人が来たらしく、隣から話し声が聞こえてきた。
「……よく言うぜィ。手駒失っておいて、でかい顔してやがんなァ、こいつ」
「女を物にするのに人の手借りなきゃいけねえ奴なんざ、どだい口先ばっかりなんだよ」
「ちょっと二人ともっ。もう少し声落として下さいっ」
空々しい会話は丸聞こえだ。
慌てて山崎が二人を注意するが、幸い此方の声は漏れてはいないらしい。
妙なところで防音はされているようだ。
*
抵抗する間もなくあっさり呉服屋の主人は捕まり、店から連れ出された。
「──あれ? 姐さんは?」
そのまま屯所へ向かおうとした沖田はの姿が近くにないことに気付いた。
「あぁ……。探してくっから、先行ってろ」
心当たりがあるのか、土方は煙草を咥えて嘆息した。
そして二人の答えを待たずに歩き出し、店の裏手へと姿を消す。
「何で土方さん、躊躇せず裏手行ったんだろ?」
「さぁなァ。検討つけてたんじゃねェ?」
姿が見えないのも何か企んでいるとでも思われたのか、実際そうなのか。
後を追わずに見送った二人には真相は今のところ知れない。
土方が裏へ回ったのはそこに居ると確信していたからではなく、人目の付かない暗闇がそこに広がっていたからだ。
用心棒にと浪人を雇っていた相手が、今日に限って誰も連れてこなかったというのは疑わしい。
そして主人が表へ引き出されたというのに、奪還しに出てくる気配もない。
怪しいと睨んだ暗闇へ続く路地の前、はたしてが立っていた。
気付いていないのか、路地に向かって立つ彼女は土方には無防備に背中を晒している。
殺気立つ路地奥の連中と話をしているらしく、土方は足音を極力立てないように近付いた。
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