最近妙ですよねぇ、と山崎が買ってきたばかりの饅頭の包みを開けながら誰ともなしに呟いた。
縁側で足の爪切りしている沖田と山崎以外、この場には居ない。
自分に話しかけているのかと目だけ動かして窺うと、山崎は視線を投げるでもなくむき出しになった饅頭を小皿に載せて沖田の元へ置いた。
返事を待っていないらしいその対応に、沖田は爪切り作業に戻る。
「大物捕りばかりが連続しているっていうか……」
山崎の言葉は続いている。
一人ではないのだから、結局相槌か何かを期待しての呟きなのだ。
新聞紙の上に切り離した左小指の爪を飛ばして、沖田は横目で山崎を一瞥する。
その視線を、先を促していると勘違いした山崎が頷いて再び口を開く。
「そりゃ確かに攘夷浪士やそれに加担する奴らが減るのはいいんですけど、妙な繋がりを感じるっていうか……」
「何でィ、その妙な繋がりってなァ」
「ただの偶然の可能性が高いんですが、さんの店によく出入りしている大物が、最近しょっ引かれてる気がして」
「山崎、おめー姐さんとこに通い詰めでもしてんのかィ?」
「違いますよ! 茶菓子頼まれたりした時とか、前に潜入捜査してた時に見かけてた奴らばっかりだったって思って!」
大袈裟に首を横に振る様は図星を突かれたように見えなくもないが、そうでないことは知っている。
いつもなら大袈裟な所作をからかうネタにするところだが、今回は内容が内容だけに沖田は黙って山崎を見た。
口を開かず、先を促す。
山崎もそれに慣れている様子で一息吐くと真面目な顔つきを取り戻して言葉を続けた。
「何だか見た顔だなとは思っていたんですが、まあ有名な人物だし当然かな、と気にしてなかったんですよ。でも、よくよく思い出してみると、御用改めするためのネタの八割方をさんから入手してたんです。此処最近特に」
「何でィ。だから最近和菓子ばっかりなのかィ」
「こっちで食べなくても、沖田さんの場合さんのところで食べてるじゃないですか」
「あー山崎ここの指爪長ェなァ。俺がついでに切っといてやる」
「そこ爪じゃないですっ!! いやいいですっ! 大きなお世話ですって!!」
捕まった左手を何とか取り戻し、山崎は警戒して沖田から少しだけ離れた。
今は刀を持っていない。
だから刃傷沙汰が起こることはないが、爪切りは使いようによっては殺傷能力は抜群である。
肩で息をしながら怯えたように視線をくれる山崎に、何でィ大袈裟な奴だと言って沖田は爪切りを置いた。
切った後の指先の、奇妙な違和感は慣れない。
問題はないはずなのにとまじまじ指先を眺め見て、沖田は立ち上がりながら饅頭に手を伸ばした。
「どうせ暇だし、姐さんとこ行ってみっかァ」
「は?」
饅頭に食らい付きながら言われ、山崎は口を半開きにして沖田を見上げる。
暇ではなく今は待機中であったはずだ。
出動要請もなくパトロールも別の班が請け負っているから交代のために待機しているのであって、確かに用があるのなら外へ出ても問題はない。
けれど、ただの世間話であるのにいきなり押しかけるのは不味いだろう。
相手はただの和菓子屋である。
「何ぼっとしてんでィ。とっとと立ちなせェ」
「え? あ、はい」
進言しようと口を開いた山崎は、起立を促されて無自覚に従ってしまった。
そうなれば既に沖田の手の内に落ちたようなもので、急きたてられるままの店へ向かって車を出してしまっている。
車を邪魔にならない道沿いに駐車し、店内を覗いた沖田が首を振って店を出てきた。
横道を何も言わずに指差すので、山崎は頷いて横道へ入る。
沖田はよくこの脇から入ったところにある裏口からの家へ出入りしているらしく、周囲を気にする山崎を置いてさっさと歩いて行ってしまう。
しかし引き戸の前に来ると急にぴたりと足を止め、窺うように壁越しの向こう側を眺める。
「……どうしたんですか?」
「しっ」
引き戸を引くのを躊躇しているらしい沖田が珍しい。
代わりにと手を伸ばした山崎の腕を思い切り打ち払い、沖田は引き戸に手を伸ばす。
音を立てないようにと注意しながら戸を少しだけ開き、沖田は中を覗き込んだまま息を潜めている。
打ち払われた腕をさすり、山崎も習って息を潜めて中を覗き込んだ。
「──っ!」
あ、といいかけた口を慌てて両手で押さえ、恐る恐る沖田を盗み見る。
「いつも姐さんは俺が開ける前に出迎えてくれるんでィ」
縁側でゆったり流れている光景から目を離すことなく、沖田がひっそり言う。
「それでですか」
山崎もそれに習って声を潜め、納得できたと言葉を返した。
壁一つ向こうに全く何の気配もないことを不思議に思ったのだろう、急な訪問に困る相手方を思いやっての行動ではない。
いつもと違うことに不信感を抱いただけだ。
それで中を窺ってみれば、朝から所用に出かけていたはずの真選組副長が、我が物顔で縁側に腰を落ち着けて紫煙を燻らせている。
訪問者が居るから、家主であるはずのが出迎えては来ない。
そしてその訪問者自体が、関係者だ。
「あの野郎、どういうつもりでィ」
今朝出かけるときは何の素振りも見せていなかった。
恐らく今日も沖田の思い付きがなければ気付くこともなかっただろう。
不愉快というより不可解げに眉根を寄せる沖田を一瞥し、山崎は二三度瞬きしてみる。
勿論、縁側から上司の土方が消えることはない。
家の奥から盆を持って姿を現したが、いつもどおり微笑みながら土方の側に腰を下ろした。
それからふいに、此方へ顔を向ける。
「あ」
驚きの表情を浮かべるより先に、柔らかな笑みを浮かべて小首を傾げられた。
覗き込んでいる二人が入ってこないことを不思議がっているようにも見え、山崎は沖田を窺う。
存在を知られているのなら、いつまでもこうして覗き込んでいるのはおかしい。
けれど口を閉ざして縁側を見ている沖田は、動こうとしない。
の視線を気付いていないのだろうか、山崎が知らせようと口を開きかけた瞬間、沖田の口の端が上がる。
「──人にサボるなっつっといて、自分はこんなところで逢引きですかィ」
呆れた、と肩を竦めて沖田が縁側へ向かって歩き出し、山崎は慌ててその後を追う。
「……んな色気なんざねえよ」
苦々しく吸っていた煙草を灰皿に押し付け、土方はの持って来た湯飲みを取る。
ばつが悪そうな土方を尻目に、沖田は片頬を土方を見据えた。
漸く入ってきた二人には微笑んでいる。
「いらっしゃい。沖田さん、山崎さん」
「あ、お邪魔します」
笑顔で出迎えるに山崎は二人分へこへこと頭を下げ、挨拶を返した。
沖田は縁側に座り込んでいる土方を見下ろし、土方は新たな一本を咥えて沖田を見上げ返す。
「んじゃァなんで真昼間っから此処に居んのか、説明してくだせェ。いつから通ってんでィ」
土方と沖田は互いを睨み合う。
「通ってねえよ。時々休憩させて貰ってるだけだ」
「灰皿まで用意させといて、よく言う」
「俺が用意させたモンじゃねえっ! つか、こんな何考えてんだかわかんねえような女と誰が付き合うか!」
「えらい言われようやわぁ」
傷付くわぁ、と嘯きながらが小さく音を立てて笑う。
「姐さん傷つけてでかい顔するなんざ、どんだけ図々しい野郎なんでィ」
盛大な音をさせて舌打ちし、沖田は人一人分空けて土方の隣に腰を降ろす。
「姐さん、さっき表回ってみたんですが、あの水っぽい饅頭はなんですかィ? 俺ァまだ一度も食べてねえと思うんですがねィ」
米神に青筋を浮かべ怒鳴ろうとした土方は、に問いかける沖田の言葉に出鼻を挫かれて舌打ちした。
山崎は爆発寸前の土方に近付くことも声をかけることもできず、青ざめた顔で沖田の隣に腰を降ろす。
真選組の力関係が垣間見えるその時間に、はただ面白げに笑って眺めている。
「水饅頭のことやろか? 最近暑うなってきたし、涼しげなもんを、て思て。ちょお待ってて」
「どっちが図々しいんだか」
「和菓子屋に来て和菓子食わねェで煙草飲む土方さんのほうが図々しい。て、さっき山崎が言ってやした」
「ちょっ! え、俺ぇ!?」
「よーし山崎良い度胸だ今ここでぶった斬ってやるからとっとと庭に正座しろ」
「何刀抜いてんですか! ここ往来じゃないんですよ!? いえ、往来で斬られるのもごめんですけど!!」
「そういやまだお二人に茶ぁも出さんと、不作法でしたわ。ちょぉ待っててくださいねぇ」
「ちょっ、さーんっ! それ以前の問題がーっ!」
そう言って準備のために立ち上がったに、山崎は慌てて縋りつこうと手を伸ばし
「山崎ィ。折角姐さんが茶と菓子用意してくれるってんだから、大人しく待ってろィ」
僅かな素振りさえ見せなかった沖田の刀が、山崎の鼻先ぎりぎりに構えられていた。
「仲良しさんやねぇ、真選組の皆さんは」
どこかずれている感想を口にして、は店へと戻っていく。
蒼白して右手を上げた状態のまま固まった山崎を放置し、土方と沖田はそれぞれ刀を鞘へ戻す。
「んで? なんか情報聞き出せたんですかィ?」
「食えねえ奴だな。……あの女、適当にのらくらと誤魔化しやがった。総悟、そんだけ仲が良いんだったら、なんか聞き出しとけ。俺ぁ見回りに戻る」
「簡単に口割ってくれたら楽なんですけどねィ」
新たに咥えた煙草に火を点け、土方は細く紫煙を吐き出した。
命の危機が無くなったらしく安堵の吐息をして、山崎は目の前で交わされた会話に訝るように眉を潜める。
今日この店に来たのは、沖田の思いつきだったはずだ。
確かに此処最近土方がここへ足蹴く通ってはいたらしいが、その理由を知らないはずである。
けれど互いに相手の訪問理由を解っているらしく、無駄を省いた短いやり取りが行われた。
これが阿吽の呼吸って奴だろうか。
普段の態度が態度なだけに俄かには信じがたいが、短くはない付き合いで山崎は双方の真の目的を知る。
帰還の言葉もなく出て行く背中を黙って見送り、程なくして戻ってきたに声もかけず出て行ってしまった上司の非礼を詫びた。
幕府からでも呼び出しされたと思ったのだろう、は笑って許してくれた。
それが何故か沖田は気に入らないらしい。
「今度来たときゃ、この店で一番高い菓子でも購入させなせェ。俺に対しての迷惑料として」
「意味不明ですよ、沖田隊長」
曖昧な形ではあるが土方の後を受け継ぐことに同意したはずの沖田は、やはりいつもどおり土方に対しての皮肉が尽きない。
苦笑交じりの山崎を横目で睨み、沖田は水饅頭を一口で頬張る。
「んめぇ。はふはええはん」
「何言ってるか判りませんって」
水饅頭の味に満足したらしい沖田が、何やらを賞賛しているらしいことは何となく判る。
租借に忙しい沖田は山崎を無視してお茶を片手に、意味の通らない言葉をまた口にしていた。
沖田の言葉は不明瞭ながらも何が言いたいのかは表情と素振りで知れる。
はいつもどおりおっとりとした笑顔を浮かべて、沖田が何か言う度に頷く。
理解できているんですか、と訊きたいのだが本人が目の前に居るので山崎は黙っていた。
「そういや姐さん、この間くれた樫山の情報なんですがねィ」
指先を舐めつつ口を開いた沖田から出た名に、山崎は思わず顔を上げる。
樫山は此処最近攘夷浪士達に武器の斡旋をしているらしいとの情報を得、山崎は密かに張っていた男だ。
表向きは呉服屋の店主で、人柄の良い男として知られている。
裏を取るために土方から内密に探るようにとのことだったが、その樫山の情報さえから得たものだったのだろうか。
困惑して口を開けたまま膠着する山崎を無視して、沖田はへ半身を向ける。
「その情報、どこから仕入れたんで?」
「知り合いから。真選組には有益やろうなと思うたんやけど、いらん世話やったかなぁ」
問いかける沖田は咎めるでもなく首を傾げたを見据えたまま、一度だけ首を横に振った。
「有難い情報ですが、そういう情報を手に入れるには少々危ないこともあったんじゃねェかと思いやしてね」
「おおきに。そういうのとは、無縁やさかい」
沖田が心配しているとでも思ったのだろう、は一層笑みを深めて頷く。
けれど無表情のまま、沖田はを眺めている。
「姐さんなら樫山以外の奴らとも付き合いはあるはずですがねィ……桂と反する連中だったんで、売ったんですかィ?」
「えぇ!?」
驚きの声を上げたのは山崎だ。
確かに手段選ばずの攘夷浪士達へ武器を売っている男であり、桂と敵対する浪士達と手を組んでいる男である。
桂と敵対しているから真選組に売るというのは、余りにも行き過ぎた想像ではないか。
非難するように沖田を睨め付ける山崎だったが、その視線を沖田に咎められて一瞬のうちに視線を外した。
その隙に沖田は山崎が残していた練りきりを奪う。
「姐さんが大丈夫だと言うんでしたら、それはそれで良いんですが……。自分の邪魔になる奴ァ敵に売るてぇのは感心しないやり方でさァ」
「そういうつもりは……」
「フェアじゃねえや。俺ァそんな姐さん、見たくない。山崎、行くぞ」
「え? あ、ちょっと、沖田隊長!」
言いたいことだけ言うと沖田はさっさと立ち上がる。
慌てる山崎を目で促しながら引き戸へと向かう。
「あ、あのっ、こんなに良くしてもらっているのに、うちの隊長が変なこと言ってすみませんっ!」
「山崎ィっ! てめえ何勝手に謝ってんでィ!」
頭を下げる山崎を怒鳴りつけ、沖田は感情の篭もらない瞳でを一瞥した。
何か言いかけて口を開いたから興味を無くしたようにふいと顔を背け、沖田は山崎を置いて出て行ってしまう。
残された山崎は慌ててに頭を下げながら沖田の後を追う。
一人残されてしまったは飲みかけの湯飲みや和菓子の残骸を眺め、完全に閉じた引き戸を眺めた。
「フェアじゃない、か……」
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