「あ。やべ。何の手土産も持って来てねえや」
和菓子屋のバイトから裏手の引き戸を教えて貰い、裏手へやってきた銀時は自分の失態に気付いて足を止めた。
頭を掻きながらどうしようか考えてみる。
「……まあいっか。どうせ俺の手土産なんて期待してないだろうし」
そう勝手に結論付けて、引き戸の取っ手に手をかけようと手を伸ばした。
「──っと、旦那」
反対側から戸が押し開かれ、アイマスクを手に沖田が出てきた。
「すいやせんねえつい長居しちまったィ。姐さんに宜しく言っといてくだせえ」
じゃ、と手を上げて飄々と帰ろうとする沖田を銀時は呼び止める。
「どういう関係?」
「交友関係ですが。何か?」
米神に青筋が浮かびそうなことを平然とのたまい、沖田はさっさと歩き去る。
「……ったく、最近の若いモンは」
ぶつぶつ一人ごちながら、銀時は改めて引き戸の取っ手に手をかけて開いた。
そう広くない庭の広がる縁側で、盆を片付けようとしていたが銀時を見て止まる。
「よお」
「………………。何の用やろ。坂田さん」
片手を上げた銀時に、は営業スマイルを浮かべて見せた。
呆れた笑顔で
歓迎する必要はないだろうと思われる。
数刻前に酷いことを言われ、折角沖田と話して気を取り直したというのにこれでは水の泡だ。
そう思いながらも叩き込まれた接客業は、に銀時の分の菓子とお茶を用意させた。
縁側に我が物顔で腰を下ろしている銀時を見て、そっと息を吐く。
薄情者に出す茶なんて、本当はないというのに。
「……帰ったら、塩撒かな」
「おめえどんだけ酷い扱いだよ」
置かれた盆からへ承諾も礼も無いまま手を伸ばしてコップを取る銀時を横目で睨み、は軽くその手を叩く。
「行儀悪すぎ。せやから神楽ちゃんがあんな食べ方しはるんよ」
「ありゃもともとだ。俺が育てたわけじゃねえよ。成り行きで一緒に暮らして、養ってやってるだけだ」
「その割には、食事もろくに出してもらっていない言うてたけど」
「うっせえな人の台所事情に口出ししてんじゃねえよ。何だお前は。俺の女房かってんだ」
「銀の字みたいな甲斐性なし、女のほうが逃げるわ」
「何言ってんの。銀さんモテモテよ? 引く手あまたよ? 俺のほうが女選んでやってんだ」
「せやねえ。もてない男は、みなそう言うわあ」
「てっめ、人が大人しく謝りに来てやったらなんだその態度っ」
「さっきからどこが謝ってるいうんやろ。それとも、うちの顔も見んとさっきから庭ばっかり眺めてコップ傾けてるんは、照れ隠し言うんやろか。出した菓子にも手ぇ付けんと、それについても何も言及せんのが、銀の字独特の謝罪態度言うんやろか。それが江戸の流儀なんやろか。それやったらうちは田舎者やから判らないわあ。申し訳ないけど、田舎者のうちにも判るように、ちゃんと言葉と態度で示してくれへんやろか」
「…………」
にこにこと笑顔を浮かべているくせに、ものすごい饒舌だ。
妙のように鉄拳制裁で来るでもなく、お都勢のようにがなり立てるわけでもない。
今まで周りにいないタイプのの怒り方に、銀時は思案する。
既に飲み干したコップをいつまでも咥えて離さず、確かに盆に載っている菓子は気になるものの手が出しにくい。
「………………悪ぃ。糖分不足で、気が立ってた」
数分もごもごと言葉にならない言い訳を零していたが、銀時は庭へ顔を向けたまま漸く謝罪の言葉を口にする。
はそれで満足したわけではないが、これ以上責めても逆に強固になってしまうだろうと嘆息した。
「まあ、あの時は志村さんが怪我してしもうてたし、仕方あらへんね。うちのほうこそ、ごめんなさい」
そのまま頭を下げるに、銀時は驚いて目を見張った。
どう考えても自分に非があるのは明白であるし、新八が怪我をしたのも直接的には関係ない。
逆にあの状況で逆切れに近い態度だった銀時のほうこそ、責められて然るべきなのだ。
「いやっ、そこまでして貰う義理はないから、なっ? 顔上げてく……」
慌てて顔を上げさせようと肩を掴んで無理やり上半身を上げさせ、銀時はそこで漸くの顔をまじまじと見つめる。
どこかで見た気がする。
幾つか顔が浮かんでは消え、しかしその顔のどれも、目の前の顔と一致しない。
「……銀」
「ぉわっ!? 悪いっ!」
吐息のかかる距離で名を囁かれ、銀時は慌てて手を放す。
やましい心根はないが、状況がまずい。
激しい動悸を落ち着かせようと胸を押さえ、銀時は深呼吸する。
真昼間であるが、今この場には銀時と、二人しか居ない。
間違いなんて起こす気は無くても、流れに身を任せてしまいそうな自分も居る。
気を落ち着かせようとする銀時をきょとんと眺め、はくすりと笑った。
それに気付いた銀時は訝しげにを見る。
ここは笑うところではない。
「何や銀の字、意気地が無いねえ。こたはうちのこと、抱きしめてくれたのに」
「こたって……?」
多少語弊はあるが、それは銀時には言わない。
不思議そうな銀時に、は内緒と人差し指を唇に押し当てる。
暫く考えていた銀時が急に凶悪な顔になる。
恐らく誰なのか判ったのだろう。
「ヅラか。お前ヅラとナニしてんだ」
「別に何も。こたはうちのこと思い出して、懐かしいいうて抱きしめてくれただけやもの」
『こた』という愛称で桂を導き出せたのは、流石と言うべきか。
ふ、と。
銀時が目を瞬かせた。
何か珍しいものを見るような目でを眺め、それからゆっくりと破顔していく。
漸く見つけた幼馴染の顔がゆっくりとの顔と重なった。
今の顔と昔の顔と、面影は残っていても女性らしさが育ち過ぎてすぐには結び付けられなかったのだ。
「っ! いやあ、おめえ全然変わっちまって気付かねえよっ! 何で最初に名乗ってくんねえんだよっ」
「名乗ったし、ちゃあんと。銀の字の頭にうちのことなんて全然残ってなかったんやろ」
確かに名乗っていた。
だのに銀時は気付かなかった。
こんな場所で会えるはずがないと、思い込んでいたからだ。
幼馴染と漸く気付いた銀時は、嬉しそうにの肩を叩く。
「道理で食ったことあると思ったんだよ、きんつばにあんころ餅!」
「あんたが覚えてんのは和菓子の味だけか」
の言葉は聞こえているのだろうが無視して、銀時は勝手に再会を喜ぶ。
*
*
幼い頃、桂や高杉達と通っていた寺子屋で、双子の姉弟が居た。
同じおかっぱ頭で、着物を取り替えれば誰もどちらがどちらかなど見分けが付かず、それを利用して双子は時々入れ替わっていた。
子供の頃はどちらがどちらであろうと同じ運動神経の持ち主であり、友人同士だったのだから性別問わず遊んでいた。
彼らの家は和菓子屋で、時折差し入れを持って来ていた。
美味しい和菓子は子供に人気で、よく取り合って食べていたものだ。
戦争が始まり、銀時達も前線へ赴くことになった。
双子の弟も当然参加することになったが、姉も参加すると言って聞かなかった。
女だてらに刀を振り回し、確かに剣の腕は強かろうと、前線に連れて行くなど誰もが反対した。
命さえ危うい場所で、彼女が傷つく姿を見るのは耐えられない。
故に、必ず帰ると約束して、彼女を置いて戦地へ向かった。
仲間が次々倒れ行く失望と希望の狭間を漂う中、とうとう彼女の弟も傷つき伏した。
最後まで共に戦うと誓い、戦場を駆け抜けた彼の死は、忘れない。
けれど、彼に付随する記憶は徐々に薄れ、共に生きていた道筋の中で、彼の姉の存在は消えてしまっていた。
戦況の中、同士の縁者がどこへ逃れたのかなど、知る者は少ない。
自らの存在すら気を抜けば消えてしまう崖っぷちで、の存在を忘れてしまったのは仕方が無いのかもしれない。
それでも思い出し、あまつさえ抱き締めた桂には敬意を払うべきかもしれないが銀時は逆に殺意を覚える。
なかなか思い出せなかった銀時の、数十歩先もリードしている。
しかも銀時には内緒で、二人はよくここで話をしているらしい。
わざわざ和菓子を禁じていた自分自身にすら腹が立つ。
「お前ももうちょっと判り易くしろよ。口調すら違ってるじゃねえか」
「それはしゃあないやんか。口調直すのどんだけ苦労したか知っとる? 思い出してもぞっとするわ」
肌が粟立ったのか、は身体を一つ震わせ自身を抱く。
想像もつかないがかなり仕込まれたのだろう。
幼い頃にも、京に住む叔父は怖い人だと零していたのを思い出す。
お客様至上主義を叩き込まれ、だからおしとやかで大人の女性然としている。
けれど中身は変わらない。
客として接しなければ、はそこらに居る少女となんら変わりはしなかった。
もし京へ行っていなければ、昔から男と交じっても引けを取らないお転婆ぶりからして、確実に妙と同じように鉄拳制裁を日常的に披露していたことだろう。
それを考えれば、今ののほうが扱い易い。
「まああれだ。思い出したことだし、これからよろしく。つか、久しぶり?」
なんだか奇妙な気分だ。
こそばゆさを感じながら、銀時は頬を掻いてみたらしに食らい付く。
「こちらこそ、宜しゅう。この団子と茶ぁは勿論無償やけど、これからはちゃあんと料金、払ってもらうさかいに」
にっこり。
拳を握らなければ怖くないかといえばそうではない。
笑顔で無言の圧力をかけられるのも、背筋に冷たいものが落ちる。
「いや……あれ? さん?」
「言うたやろ? 金輪際、無償提供はしません、て」
思い出して謝罪したからといって、簡単に許してくれはしないらしい。
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