一体何が不満だというのか。
 足早に万事屋へ戻る銀時を小走りで追いながら、新八は少しずつむかむかとしてきた。
 確かに彼の好きな洋菓子ではないにしろ、同じ甘味物だ。
 それも『銀時のために』と作られ、選択された和菓子たちだ。
 あんなにが楽しそうに銀時のことを聞き、嬉しそうに笑うのに、何が不満だというのだ。

「っ、銀さんっ!!」
 万事屋のドアを開けて、ソファで早速寛いでいる銀時をきっ、と睨みつけ、新八は荒々しく部屋に入った。
「……新八ぃ、今日は休みだっつっただろ? それともなに? そんなに銀さんの側に居たいの?」
「馬鹿も休み休み言ってください! つうか給料もロクに払わない上司の側に居たいわけないだろ」
 ジャンプを広げながらも新八の持つ菓子折りを苦々しく見つめ、銀時は息を吐く。












 説明してください、と今にも殴りかかってきそうな相貌で新八は銀時に詰め寄った。
 普段の新八なら適当にかわして誤魔化せるのだが、生憎今日は頭に血が上っているらしく簡単には誤魔化されてはくれないようだ。
 銀時は観念してソファにきちんと座って新八と対峙する。
 でも視線はテーブルに載った菓子折りに釘付けのまま。
「あのよぉ……」
「何ですか」
「まずこの菓子折り、俺の視界から取り除いてくんない?」
「嫌です」
「んじゃせめてイチゴ牛乳飲ませてくれ」
「ダメです。何が不満なのか話してくれるまで、お預けです」
「おあずけったってお前……、犬じゃあるめえし」
「じゃあ犬以下です」
「オイぃぃぃっ! 何がどうしたらそうなるんだ、銀さんに判るように説明してくれっ!!」
 テーブルをばんばん叩き、その度に跳ね上がる菓子折りにいちいち反応しながらも、銀時は新八に詰め寄った。
 半分瞳孔の開いた目で、新八は銀時を見る。
 やばい。
「銀さん。さんの何が不満なんですか。どうして邪険にするんですかっ!」
「い、いやぁ〜……あれよ。銀さん、あれだから」
 ソファに座り直した上で新八から顔を背け、銀時は言葉を探す。
 下手な言い訳をすれば殴られるか蹴られるか、どちらかを喰らいそうだ。
「何ですか、あれって」
 中途半端な言い訳は許さないとばかりに新八は銀時を睨め付ける。
「い、いやー、銀さん和菓子より洋菓子が好きだし、それがウリってヤツ? そう簡単に主張曲げたら侍人生終了って感じだし?」
「それで?」
「それでって……あのさあ新八君。俺がこう腹割って話ししてんだからさぁ、もうちょっとこう……」
「こう、何ですか?」
「…………」
 素直に理由を言う気のない銀時に、まともに話を聞く気もない新八と、全く会話が成り立たない。
 新八から顔を背けたまま、銀時は頭を掻いた。
「……美味すぎんだよ、和菓子」
「は?」
「おめー毎日毎日あんな美味い和菓子持って帰って来てよー、食うなっていうほうが無理だろォ?」
 美味しそうに和菓子を頬張る神楽と新八を横目で見ながら、銀時はいつもイチゴ牛乳で我慢していた。
 神楽が貪り食うのを、珍しく神楽が残した分を新八が持ち帰って妙と食べるのを、普段使わない理性を総動員させて我慢していたのだ。
 和菓子だから匂いは無いと思い込んでいたが、意外とそれが美味そうな匂いが仄かに漂ってくるから不思議だ。



 どら焼きやみたらし団子の餡の匂い、どうやって持ってきたものか、お汁粉の匂いが立て篭もった部屋の中には駄々漏れだ。

 神経過敏になっている銀時の勘違いや誇大妄想の可能性は高いのだが、それにしたって目の前で広げられると視線を逸らしても気になって気になって仕方が無い。
 それをどうにかこうにか抑えて抑えて……。



 だから、銀時は少しでも自分を抑えるために和菓子が来ると部屋へ篭るのだ。
 中毒症のものでも入っているのではないかと穿った見方をしたくなるほど、の店の和菓子は後を引く。
 しつこくない甘さが、ついつい手を伸ばしたくなるポイントの一つだ。
 カロリーが低いのも、女性に人気の秘密だろう。
 漏れ聞こえる神楽の声とがっつく音を耳にしながら雑誌のページをいくら捲っても、考えているのは和菓子のことだ。
 完全に糖尿になってもいいから、神楽と奪い合うようにして食ってやろうか。
 そんな自暴自棄にすらなってくる。
 今日こそは、今日こそは、と思い立っても手を出さずに我慢して数日。
 チョコレートパフェを食べても満たされない餓えを満たすために、今日もまた新八が買ってくるだろう和菓子を今か今かと待ち侘びていた。
 毎日和菓子を買ってくる金はどこから出ているのか、という疑問は些細なこととして頭の隅に追いやられた。
 今日こそは一個でも食ってやろうと待っているのに、新八が遅い。
 苛立って迎えに行けば、菓子箱を未だに手にしていない新八が悠長に話なんてしている。
 …………八つ当たりに近いことを言い放ってしまったのは、帰り道、銀時は気付いた。
 けれど回れ右して言い訳しに行くわけにもいかず、結局まんじりとしないまま事務所のソファで転がっていた。
 折角新八が無料提供された和菓子が目の前で手を出されるのを待っていても、罪悪感で手が出せない。






 訥々と語られた銀時の秘めた理由を聞かされて、次第に新八の表情から怒りが消えていく。
 変わりに浮かび上がる呆れの表情に、視線を逸らしたままの銀時は気付かない。
「銀さん……あんた……」
「新八ィっ! 今日もの和菓子、持ってきたアルカ?!」
 バカですか、と呟き漏れた新八の声はばんとドアを荒々しく開けて登場した神楽の声に掻き消された。
「お帰り神楽ちゃん。貰ってきたけど、銀さんのせいで無料提供は終了したから、今日で最後だよ」
「このマダオォォォォっ! 私の楽しみ奪うとは、何事ネ! 今日はどら焼き持たせたて聞いたから、私我慢して帰ってきたのヨ!!」
「いででででででででっ」
「食ってんじゃねえか、和菓子!! つうか今日の分はあるから、あるから神楽ちゃんっ!」
 銀時に掴みかかる神楽の加勢をするように、定春が銀時の頭に噛み付く。
 定春の散歩途中で寄った和菓子屋で勿論和菓子を食べてきた神楽だったが、帰ってから食べるために少しは遠慮してきたらしい。
 新八がなんとか神楽を宥め、定春が満足行くまで銀時の頭をかみ続けた後、疲労困憊の新八と銀時をよそに神楽は和菓子を両手に掴んでいた。
「──っってオイィィィ! 俺の分も残せっ!」
「嫌アルっ! これは全部私のモノアル!」
 菓子折りを抱え込む神楽に気付いた銀時が奪い取ろうと躍起になるが、既に菓子折りの中には一個しか残っていない。
「おーっしゃこれオーレのっ!!」
「あぁ!? 銀ちゃんずるいアルーっ!」
 リーチを生かして奪い取った、既に原型を留めないほどぐしゃぐしゃになったきんつばを高らかに掲げ、銀時は口に放り込む。
 形は崩れているが味は変わらず、絶品だ。
「──っしゃ、糖分補給も出来たし、ちょっくらでかけてくるわ」
「どこ行くアルカ?」
 銀時に縋り付きながら、神楽が見上げる。
「野暮用だよ、野暮用」
 付いてくんなと言い置いて、銀時はさっさと事務所から出て行く。
「銀ちゃんどこ行ったアル?」
「んー。多分、和菓子を食べに行ったんじゃないかな?」
「銀ちゃんだけズルイ! 私も行くアル!」
「ちょーっと待って神楽ちゃんっ!」
 定春に乗って出て行こうとした神楽を、新八はどうにか捕まえた。
 何の用だとばかりに振り返る神楽に、新八は笑って首を横に振る。
「銀さん一人で行かせてあげようよ。もしかしたら、お土産たくさん持ってくるかもしれないし」
 銀時の謝罪が受け入れられたら、という条件付ではあるのだが。
「そういうことなら仕方ないネ。我慢してやるヨ」
 酢昆布をしゃぶりながら、神楽が言う。

 新八に心中を告白したのだから、そう心配はないだろう。
 邪魔が入らなければ上手くいくはず。



 が銀時に愛想を尽かしていない限りは。