昨日あんな失態を見せて、すぐに和菓子屋に寄れるほど新八は図々しく生きていない。
もしそうなら、きっとバイトを首になることもなかった。
買出しで近くを通る度、人の多さにやはり美味しいんだなと感心するだけだ。
食べてみたいけど、中に入り辛い。
そう思って数週間。
じりじりと焦がれる思いが、結局彼を店へと導いた。
願い事叶えるなら
「いらっしゃいませーっ」
エプロンを付けた少女たちが笑顔でお客を出迎える。
店の中には喫茶店風の造りになっており、買った商品をその場で頂けるサービスも行っている。
商品を検分する人、テーブルに着いて自分の注文したものが来るのを待つ人、並んで会計を待つ人。
店の中は人で溢れてはいたが、オープン当初より勝手が判ってきたのか、混乱もなく順調に売り上げを伸ばしているらしい。
新八は行列やバイトの邪魔をしないようにと人波を掻い潜り、商品の陳列棚へと向かう。
ガラスケースの中には洋菓子達より大人しい色使いと慎ましやかさで鎮座する和菓子たちが、きらきら輝いていた。
練り餡、羊羹、餅、最中……。
甘さも控えめそうで、これなら糖尿病寸前の男にも良い土産になりそうだ。
新八はまだ病気になって欲しくない雇い人を思い出し、嬉しそうに笑う。
少々値が張るものも中にはあるも、ケーキよりは安い。
人数分、何を買おうか数えながら選んでいると、急に肩を叩かれる。
誰だろうと振り返る新八の頬に、人差し指がめり込んだ。
「こんにちわぁ。久しぶりやねえ」
「……えぇっと、さん。こんにちは。ご無沙汰してました」
にこにこと人懐っこい笑顔を浮かべて新八の背後に立つのは、この和菓子屋の店主、だった。
銀時と顔見知りのようだが、肝心の銀時はのことを思い出せない。
なんとか聞きかじっていた名前を思い出し、新八は笑顔を取り繕う。
そう、店になんとなく来辛かったのは、彼女の存在のせいもある。
近くを通りかかる度に眺める店の中には、彼女の姿をあまりみかけることはなかった。
それを確かめて安心する、それも日常になってはいた。
「全然顔見せしてくれへんから、どないしたんやろて思うてたんよぉ」
「あははっ、そうですか……すみません」
足を運べない理由を言うわけにはいかず、新八は頬が引きつるのを感じてはいるも、笑顔を収めることはできない。
「あの、えぇっと、神楽ちゃん? あの子、結構な量を食べはるんやねえ。子供は豪快な食べっぷりが心地よいけど、あぁもぎょうさん食べてくれはると、毎回奢りいうんも、こっちの財布具合もきつうてねぇ」
「え、神楽ちゃん、よくお店来るんですか?」
それは初耳だ。
しかも店主の奢りで食べまくるとは。
道理で夕食の量が少なくて済む日が度々あるわけだ。
困ったように笑うとは対照的に、新八の笑顔が固まる。
「あ、あの、それってツケってことには……」
ツケにしたところですぐに払えるあてがないのは重々承知の上である。
「そろそろ飽きてきたんちゃう? 来る周期が段々間ぁが開いてきはるから」
というかできれば完全に飽きてくれると有難い。
新八はそうですねえと上ずった返答を返しながら裏ではそう思っていた。
「ツケにしてもええんやけど、神楽ちゃんの話やと、志村さんも給料貰ってへんのやろ? 甲斐性ないなあ銀の字は」
「ははは。……ごもっともです」
店の裏手のの自宅へ場所を移し、新八は冷たい麦茶を貰っていた。
店と自宅は兼用となっており、店の奥へ入ればそのまま自宅へと続いているようだった。
商品を買う間もなく自宅へお呼ばれされた新八は麦茶を貰い、恐縮して縁側に腰を下ろしている。
銀の字、とは恐らく銀時のこと。
奇妙なあだ名だとは思うが、銀時自身も妙なあだ名で人を呼ぶことがある。
昔なじみならそれをなぞる呼び方をしても、不思議ではない。
新八は勝手にそう判断し、誰のことかなんて野暮なことはわざわざ聞かない。
「そんで、お願いがあるんやけど、聞いてくれる?」
そして微笑んで小首を傾げるを前にして、今の新八にの頼みを断る理由があるというのならば。
教えて欲しいと、心から思う。
*
*
「ただいまぁ」
「遅いヨ新八ぃ、あっ!」
買出しからの遅い戻りの新八を出迎えた神楽が、嬉しそうに声を上げた。
「どしたぁ? 新八が土産でも買って来たのかぁ?」
ソファでジャンプを読んでいた銀時は二人が入ってくるまで動かない。
待っていればどうせ神楽が理由を教えてくれる。
果たして──
「銀ちゃん銀ちゃーんっ! 新八がお土産買って来たアルヨー! 明日は槍が降るアル!」
きゃっほーいと大喜びしながら、神楽が菓子箱を持って銀時目掛けて突っ込んで来た。
「めっずらしいなあ新八君。俺ボーナスなんていつ出したっけ?」
神楽を軽く受け止め、持ってきた菓子箱を見た。
中身が生クリームたっぷりのショートケーキやプリンなら、確実にぐちゃぐちゃである。
「違いますよ。ボーナスどころかアンタ給料だってまともに払ってないじゃないですか。和菓子屋さんに寄ったらさんに会って、頂いてきたんです。……神楽ちゃんが、好きだからって」
「?」
誰だそれとばかりに新八を胡乱げに見、銀時は神楽にせがまれて菓子箱を開ける。
「おおおっ! 水まんじゅうにどら焼きアル!」
「なんだこれ。あんころ餅にきんつば。
和菓子屋からの土産は豪勢だなあ。よし新八。明日も貰ってこい」
予想していた大惨事は免れたものの、やはり入っていた和菓子は少し形が崩れてしまっている。
が、味に変わりがあるわけはない。
水饅頭を口に放り込んだ神楽を一瞥し、銀時はきんつばをつまむ。
「何馬鹿なこと言ってんですか。……で、銀さん。さんのこと、思い出しましたか?」
夕食前だというのに早速和菓子に手を付けている神楽と銀時を呆れたように見て、新八は努めて普通に銀時に問いかけた。
「んー? あぁ〜……」
きんつばを租借しながら銀時は考え込むように天井を振り仰ぐ。
「…………さっぱり」
「銀さ〜ん、しっかりしてくださいよもー」
やはり銀時の記憶に頼るのは間違いなのだ。
人の名前を一度で覚えられない、あるいは覚える気のない銀時に期待するのが間違っている。
思い、新八は深く息を吐き出した。
銀時に和菓子を食べさせる。
新八がに頼まれたのはそれだけだった。
和菓子の味で自分のことを思い出して欲しい、そんなささやかな願いのためには新八に和菓子を託したのだ。
重労働を強いられたりするのかと身構えていた新八はその願いに肩の力を抜き、任せてくださいと大見得を切った。
しかし和菓子を見ても口にしても、銀時の表情に変化は見られない。
ただ、和菓子自体は気に入ったらしい。
大人気なく神楽と争って取り合う銀時を見て、新八は自分の分はないと早々に諦めをつけた。
「これは本当に、長期戦になりそうだなぁ……」
敵もさるもの。
しかしのほうもそれは予想していたらしく、少なくとも二日に一度は店に顔を出すように言っていた。
個人的なお願いなので、和菓子の代金は取らないという。
神楽がそれまで消費した和菓子の量を考えると、恐れ多い申し出ではあったのだが、勿論新八は有難く受け入れることにした。
が、良心が痛まないわけではないので、銀時には早く思い出して欲しいところである。
*
*
きんつばを一口齧った時、『懐かしい』という思いがふいに湧いてきたのは嘘ではない。
が、それを表に出すほど銀時は素直ではなかった。
美味しいし、少々甘味は控えめになっているとは思ったがまあまあ食えるほどではある。
どこかで食べたことがある気はする。
が、どこでどう食べたのかは思い出せない。
その夜、懐かしい夢を見た。
幼い頃寺子屋で勉学を習っていたときの夢だ。
銀時はあまり真面目に授業は受けていなかった。
だが楽しかったことは覚えているし、その時の知り合いも未だに居ると云えば居る。
朝目覚めて懐かしい夢を見たことを自覚したとき、無意識に昨夜食べ尽くして空になった菓子箱を仰ぎ見た。
子供の頃、似た味の菓子を、口にした気がする。
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