翌日いきなり万事屋にやってきた高木は新八に封筒を投げ渡すと、銀時に向かって顎をしゃくった。
「ちょう顔貸せや兄ちゃん」
 ヤクザ宜しく睨みを効かせたところで銀時が素直に動くはずはない。
 なんやかんやとかわしていたが、プリンアラモードを奢るという言葉に不承不承を装って銀時は高木の後についてきた。
 場所は昨日と同じファミレス。
 安く見積もりやがって、と文句を言っても付いて来たのは自分である。





  





「んで? あいつらが居ないほうが都合が良い話ってえのは何だ」
 早速運ばれてきたプリンアラモードの生クリームに手を付けながら、銀時が問う。
 昨日とは打って変わって高木は全然愛想もなく、長口上も出てこない。
「昔馴染みや言うてたな、あんた。せやったらの性格知っとんのやろ」
「寝食共にした仲だし? 再会して女らしさにイチコロになった予定だ」
 ふとした瞬間にお転婆だった頃をちらりと垣間見せることはある。
 しかし普段のはおっとりと人の良い笑顔を浮かべて、運動神経も鈍そうだ。
 銀時の言葉に満足そうに高木は頷く。
「わいの叔父貴に徹底的に叩き込まれたんや、ちょっとやそっとじゃ本来のは姿を見せん。和菓子のこと、店のこと。それが第一や。もう洗脳に近いな、ありゃ。せやからは、普段は人のことを否定したりせえへん」
 困ったことがあっても笑顔を取り繕って、どうにか収めようとする。
「酒を呑んだときだけは、生来のに戻っとるがな。そのが、江戸へ行きたい言い出しよった。親戚一同戦争で死んどるのに」
 京に叔父を頼って来ただったが、戦火に巻き込まれて店共々消えてしまった。
 路頭に迷っていたを引き取ったのが、高木の叔父だった。叔父同士仲の良い友人同士だったらしい。
 戦争中で和菓子もろくに製作などできるはずもない日々で、生き残ること、接客の基本など、高木の叔父は高木やに叩き込んでいた。
 その厳しさに逃げ出そうにも、当てがない。
 自分の身を守るだけの力は備わっていたでも、それは人に対してのことで、天人に対しては無力に近い。
 それでも夜中たった一人で竹刀を振るう姿を、高木も何度も見ていた。
 だから、大人になった今、自分がを守りたいと思っていたのだという。
「悪い虫がつかんようにて思っての行動がちょっと仇になってしもうたけど」
「ちょっとどころじゃねえよ。大迷惑被ってんじゃねえか」
に何もなければわいは本望やし」
「だから、のほうはお前のせいで大迷惑被ってるんだって」
「じゃかあしいっ! さっきから黙っとったらいちいちいちいちうっさいわボケぇ!」
「お前全然黙ってねえよ。お前が無口なら世の中の人全員口聞けねえから」
「黙って話聞かんかい、この天パー!」
「んだとコラァっ! 天然パーマのどこが悪いってんだ、毎日セットに苦労してんだよこちとらなあ!」
 ついには互いに胸倉を掴み合って睨み合うこと数分。
 舌打ちと共に二人は同時に手を離すとどっかりソファに腰を降ろす。
 言い合ってやりあっても、話は進まないし要領を得ない。
「……まあとにかく、オメーが余計な行動ばっかりやってて、おかげでは今も独り身だって話だろ?」
「余計は余計じゃ。けどに相手が居ないっちゅうんはそうやな。……自分、の大切な人、知っとるか?」
 ふいに真面目な顔をする高木に銀時は目を眇める。
 知らないわけがない。
「あいつの弟だろ。そいつが和菓子好きで、良くおこぼれ貰ってたからな」
 幼い手で作られた歪なおはぎも甘たる過ぎるあんみつも、が弟のために作っていたものだ。
 大量生産過ぎて、結局銀時たちの口にも運ばれていたが。
 しかし、その弟も戦争で死んでいる。
 最後を看取ることはできなかったが、銀時はその最後の死に顔は見た。
 忘れることはできない。
「もう居ないことも知っとるみたいやな。が和菓子作る理由、もう無いんや。せやからわいは、がもう和菓子作らんで済むよう、結婚申し込んだんや。家庭に収まってもあいつならちゃんとやってくれるやろ。辛いこと思い出すようなこと、せんでええし」
 大切な人のために作る和菓子。
 今はただ、店に訪れる客のために作っている。
 これでは本末転倒で、にとって和菓子作りはただの義務になってしまっている。
 人の良い笑顔も、ただ事務的に張り付いてしまっているだけだ。
 生き甲斐を失ってしまってただ毎日を義務で生き続けるよりは、と高木は決心したのだ。
 切々と語る高木の言葉を銀時は暫く黙って聞いていたが、話が終わると高木の顔をじっと眺めた。
「お前、義理でと結婚しようってのか?」
「アホウ。そこまで鬼畜ちゃうわ。泣きたいのも我慢して頑張っとる姿も見とるし、初めて叔父貴に褒められて嬉しそうに笑った笑顔も覚えとる。わいは本来の笑顔が何より大事や」
 だから、義務や事務的に笑顔を見せる日々を送るのであれば、側でゆっくり本来のを取り戻す手伝いをしたいと思っているのだ。
 茶化すことも皮肉な笑顔を浮かべることもなく語る高木を、銀時は眺めた。
 それからどこか諦めたように、一つ息を吐く。
「ったく、連れて行く気は全く無いっつうのによお……」
 頭を掻き、食べ終えたカップの中にスプーンを放り込む。
「ちょっと付き合え」
 どうせ暇だろう、と立ち上がる銀時に、高木は訝しげに目を細めた。


 *

 *


 和菓子屋の裏手へと連れて来られた。
「忍び込むんか?」
 確かにの私生活は気になるが、これでは犯罪である。
「ちっげえよ。ちらっと覗き見るんだよ」
「同じやんけ」
 呆れる高木を無視して引き戸を引き、まず銀時が中を確かめる。
「……ったく、あいつらやりすぎだろ」
 ぶつぶつ文句を言いながら、高木に代わるように合図した。
 どういう状況が判らないものの、高木は素直に中を覗き込む。


「神楽ちゃん、あんまり力入れてやったらダメだからね」
「判ってるヨ。ちゃんと手加減してるネ」
「そんなかしこまらんでも、平気やから」
 縁側に座ってが楽しげに笑っている。
 そのの後ろには神楽が居て、一心不乱にの髪を櫛で梳いていた。
 新八はそんな神楽の手元を、不安そうに見つめている。
 の膝には定春が顎を乗せており、に撫でられて幸せそうに尻尾を振っていた。
「…………ただ自分らのとこの子らが、に付き纏ってるだけやんけ」
 わざわざ見せたいのがこれかと、高木は不満そうだ。
「良く見ろ。は無理して笑ってるか?」
「あんなん普通の顔やし。自分わざわざ覗き見する必要ないやん」
 子供や動物が居て笑顔が出るのは当然で、こんな場面だけ見せられて『ほら大丈夫』と言われても安心できるわけがない。
 銀時が何を言いたいのか判らない高木は何も考えが浮かばないまま、たちの様子を眺める。
「オメーだって外面しか見てねえじゃねえか」
 現時点で浮かべている笑顔と常に浮かべる笑顔。
 店で浮かべる笑顔だろうと、場面場面で浮かべるものが違うのは当たり前だ。
 一方方向だけ眺めていては、見えるものも見えなくなる。
 言葉にして伝えるのは簡単でも、それでは意味がないのだ。
 だから高木を連れてきた。
 悪くすれば更にに付き纏う危険性があったとしても、その可能性に目を瞑ってこの場所へと連れてきたのに。
 確かに神楽達を密かに仕込みはしたが、当たり前の反応が見たくて連れてきたわけではない。
「…………」
 剣呑とした目で高木は銀時を睨んだ。
 銀時も無言で睨み返す。



 の膝に顎を乗せて目を瞑っていた定春が、何かに気付いたように頭を上げた。
「どないしたん?」
 薄く開いた引き戸へと顔を向け、一鳴きする。
 その鳴き声に反応した新八が戸の向こうに銀時を見つけて声を掛けるのと、高木を見てが目を見開いたのは、ほぼ同時だったろう。
「……いらっしゃい」
 ほんの一瞬、咎めるような視線を銀時へと向けた後、何事もなかったように微笑を浮かべたに銀時は嘆息した。