見つかってしまったものはしょうがない。
「なにやってんだァ? お前ら」
 肩を回して銀時は庭へと足を踏み入れる。
 戸の外で立ち竦んでいる高木を振り返り、中に入るよう顎で示した。
 このまま帰るほうが怪しい。
「あー……、やっぱ店の裏手は住宅になっとんのやなあ」
 逡巡するように視線を回しながら、高木はへらへらと銀時の後に付いて入ってきた。
ちゃん、おっ早うさん」
「お早う、英さん、銀の字」
 飲み物を取ってくると奥へ引っ込んだを見送り、高木は銀時を横目で睨む。
「自分のせいや」
「別にいいじゃねえか。どうせ遅かれ早かれ、こっちに来てんだからよ」
 自宅の件は、隠していたわけではない。
 ただ聞かれなかったから言わなかっただけで、どちらにせよ結局は高木もこの裏手へも姿を現していたはずなのだ。





 方程





 二人が来たからといって、先に居た神楽や新八が遠慮する必要はなく、する気もない。
 先ほどと同じように縁側に腰掛けたの髪を神楽が梳き、その様子をはらはらしながら新八が横で見守っている。
 定春は目を瞑っての膝に顎を乗せ、頭を撫でられるのに気持ちよさそうに尻尾を振る。
 銀時と高木はそんな三人と一匹の様子を眺め見る形で、障子に背中を預けていた。
ちゃん、髪の手入れはいつも自分でしとるん?」
「切る暇のうて伸ばしてただけやからなあ、手入れ言う手入れはしてんよ? 朝起きて梳いて纏めとるだけ。商品作るほうに、時間かけなあかんし」
「せやせや。商売第一やもんなっ」
「でもの髪綺麗ネ。真っ直ぐでツヤツヤしてるアルよ」
 流石は女の子。
 神楽は櫛で梳きながら、羨ましげにの髪を見つめている。
 本当は三つ編みなどアレンジしたいようだが、上手くできずに何度も梳き直ししているのだ。
「銀ちゃーん。こっちアメコミして欲しいネ」
「編み込みだろ? あー、こら、引っ張んなっ、毛が抜けるっ」
 の横髪をぎゅうぎゅうに三つ編みし、上手くできないと引っ張る神楽の手から銀時は一房を早々に救出する。
 は怒ることはないだろうが、一部ハゲた頭など見たくない。
 神楽が目の前で見守る中、銀時は器用にの髪を編み込みした。
 もう片側の横髪も編み込みをした後、二房を頭の後ろで緩く合わせる。
「神楽、ゴムかなんかないか?」
「んっと、……リボンあったヨ!」
 用意しておかれていた髪飾り一式の中から紅い紐を引っ張り出し、神楽が銀時に渡す。
 少々色褪せた紐だがどこかで見覚えがある。
 ほんの少し頭を捻るが思い出せず、銀時はまあいいかとその紐で髪を纏めた。
「ほらよ」
「銀ちゃんありがとアルー!」
「礼を言うのはうちの方。二人とも、おおきにね」
 普段は髪の毛が落ちないようにと無造作に一つ縛りをしているだけの髪だ。
 編み込みして尚且つ紅い紐で結ばれた髪以外はゆったりと風に舞う。
「はぁ〜……手ぇ加えたのがこいつや思うと腹立つけど、やっぱちゃん可愛ええ!」
 銀時を一瞬睨みつけてから、高木はにでれでれになる。
「なんか……今朝と全然違いません?」
 どっちが素なんでしょうか、と新八は胡散臭げに高木を一瞥する。
 やや引き気味のに気付かないらしい高木は、関わり合いになりたくない人種だ。
「それとも低血圧なんですかね」
「そんなんじゃねえよ」
 朝は機嫌悪くて今は上機嫌。
 低血圧でなければ理由が判らないと首を捻る新八だったが、銀時はそうでないと気付いていた。
 にまとわりついて神楽とその至近距離を争う高木の姿は滑稽だ。
「え? じゃあ……?」
が居るからだろ。テンパリ過ぎて自分がどんだけバカか、判ってねえんだよ。ありゃ」
 良いところを見せたいだとか、後先考えずただ手元に置いて守りたい一身で大損したり。
 不器用な男だ。
「まァ、だからもあんまり強く突っぱらねえんだろうけど」
 想いが伝わりすぎているから、どうしても強く出られない。
 傷ついてほしくないという思いはしかし、時には残酷だ。
「しつこいと嫌われるアル!」
 神楽の声と鈍い音がほぼ同時に耳に入った。
「──あぁっ!? 高木さんっ!!」
 神楽の一撃を、素人の高木が避けきれるはずもなく、まともに顔面に食らって失神した。
「神楽ちゃん、少しは手加減しないと死んじゃうからっ」
にベタベタしすぎネ! これくら当然の報いヨ」
 謝罪する気のない神楽に新八は説教を始めようとする。
 が、勿論聞く耳を持たない神楽から五月蝿いと一発貰い、昏倒した。
 気を失わないのはやはり日頃の慣れだろう。
「もういいネ。定春、行くヨっ」
「ちょっ、こら、飽きたからって勝手に戦線離脱するなァァァっ!」
 定春の上にまたがり、神楽は勝手に散歩へと繰り出していく。
 新八は出血している鼻を押さえながら、その後を追いかけた。
「……銀時、新八さんは?」
 濡れタオルと洗面器を持ってきたは目を瞬かせて銀時を眺める。
 二人と一匹が居なくなっただけで、庭は急に静まり返ってしまっている。
「神楽と定春の散歩に行っちまった」
 残っているのはのびた高木と銀時だけ。
 何だかやるせない気もするが、居ない人を心配しても仕方がない。
 嘆息して高木の額へと濡れタオルを置く。
 甲斐甲斐しく高木の世話をするを横目で眺めながら、銀時はその黒髪を縛る紅い紐へ視線を移した。
 髪だけでなく、自身さえ縛り付けているようにも見える。

「その紐」

 胡坐を掻いて、銀時はではなく紅い紐を眺めている。

「まだ持ったのか」

 上等物ではないその色褪せてしまった紐は、遠い昔に銀時がにあげたものだ。
 何でもないように言われて、は笑ってしまう。
 見せるように手を伸ばし、紐の先端を指で摘んだ。
「そりゃ唯一貰うた物やもの、大事にするんは当然やろ?」
「こいつから相当貰ってんじゃねえの?」
 誕生日、クリスマス……イベント日には必ず贈り物をしていそうだ。
 銀時の問いに曖昧な笑みを浮かべて一度頷き、はけれど、と言葉を続ける。
「江戸に来る前に、全部返したわ」
「勿体ねえなァ」
「うちが欲しいものやないし、貰う意味もないもん貰うても、置き場所にも困りよるだけやわ」
 質屋に売るなど、貰った後は自分の好きに処分できる。
 それを始めから選択肢に入れていないのは、生真面目さゆえだろう。
「そんじゃ、俺が新しいの買ってやるよ」
「えぇよぉ。新八さんに給料払えんのやろ?」
「あンのダメガネっ! 人の懐具合勝手にバラしてんじゃねえっ!」
「逆に気ぃ使わんでええんやから」
「そういう問題じゃねえよ。女に贈り物の一つもできねえってどんだけ甲斐性無しだよ」
「別にええよぉ。それが銀の字なんやもの」
 今や色褪せてしまった紐を大切に持って貰い続けるより、新しい髪飾りを付けてくれるほうが有難い。
 けれどそんな甲斐性がないのは、銀時本人がよく知っている。
 可笑しげに笑うの紐をの指ごと捕まえた。
「オメーが良くても俺が嫌だってんだよったくよおオメーはほんっと、昔から男心のわっかんねえヤツだなー」
「うちは女やもの、男心なんて判りようもないわぁ」
 手繰り寄せるように手を握りこむと、釣られたようには視線を銀時と合わせる。
 小さく首を傾げたの頬に銀時は手を添え、



「店長ー、ちょっといいですかー?」
「!?」
 店から顔を覗かせたバイトの声に、二人は慌てて離れる。
「あ、うち、ちょお呼ばれとるから……」
「おー、行け行け。こいつは俺が見てっから」
 そそくさと立ち上がり、乱れても無い着物の裾を直しながらは慌てて店へと去っていく。
 イメチェンですかー、などとからかう声を聞きながら、銀時は息を吐く。
 背後に両手を着いてその声を聞き流し、銀時は高木を見下ろした。
「……んで? いつまで狸寝入りするつもりだぁ?」
 目を瞑ったまま微動だにしない高木だったが、やがて薄っすらと瞼を上げた。
「…………人が寝ている隣でいちゃこらこいて何でかい口叩いてんねん。自分ほんま殺すど?」
 既に意識は戻っていたが、目を覚ますタイミングを見失い、窺っていたのだ。
 そうしているうちに何やら甘い雰囲気が漂い始め、バイトが声を掛けなければ確実に高木が邪魔をしていた。
 苛立たしげに両手で頭を掻き、高木はそのまま頭を抱えて蹲る。
「なんやねん自分……ほんまに付き合うてるんか? 仕込みやったんやろ? いーや仕込みやったはずや。あの棒読みは絶対嘘や。ちゃんがこんなまるでダメな男、略してマダオなんかに惚れるわけがない。昔馴染みやから気ぃ許してるだけや。そうや、ちゃんは優しいからなぁ」
「オメー一人でなにぶつぶつ言ってんだよ。気持ち悪ぃよ。つか誰がマダオだてめえ」
 一人で勝手に解決したらしい高木はきっ、と銀時を睨み上げた。
「絶っ対連れて帰ったる」
 新たな決意というよりもう意地に近い。
「てめえが幾ら頑張ろうと俺ぁ手放す気ねえから。それにほら、あれだ。紅い紐」
「紐ぉ?」
「昔っから言うだろうが。運命の赤い紐だ」
「それを言うなら赤い糸やろ、銀の字」
 店の用を終えたらしいが呆れた口調で横槍を入れた。
 目を覚ましたらしい高木ににこりと笑いかけ、銀時の隣に腰を降ろす。
「良かった、目ぇ覚めたんやね」
ちゃん、あんな? 話あ……」
「マダオでも天パーでも、これがうちの惚れた銀の字なんよ」
 天パーは余計だろ、と銀時が茶々を入れるがと高木は無視する。
「今日こうして銀の字が再び結んでくれた縁やもの、外す気ぃはあらへんよ」
 大切そうに手を伸ばして髪を結ぶ紐に触れ、は幸せそうに笑う。
 高木は呆けたようにを見つめていた。
 なぜか潤んでしまった目元を隠そうと俯き、唾を飲み込む。
 何か言うと声が裏返りそうだったからだ。
「……幸せ、なんか?」
「とっても」
 笑みを含む物言いに思わず顔を上げた高木は、の幸せそうな笑顔を見た。
 今まで一度も、向けられたことのない微笑だ。
「さよか……」
 自分には見せてくれなかった笑顔を、初めて見せてくれた。
 それはつまり、そういうことだ。
 いつの間にか頬を濡らしていた涙を拭い、高木は笑う。
「馬に蹴られんのは嫌やからな、わいは帰るわ。見送りはせんでな」
「英さん」
「ええってええって。わいも男や! 惚れた女の幸せ奪うような意地汚い真似はせえへんよってに」
 立ち上がろうとするを制し、高木は意味もなく両腕をぐるぐると回す。
「あー、はよ跡取り産む相手探さんと師匠にどやされるわ。ほなちゃん、ろくな挨拶できんかったけど、元気でな」
 最後は笑顔で、と高木はにこにこと笑みを浮かべてに手を振り縁側を降りる。
 眉根を寄せて立ち上がろうとしたの肩を押し、銀時が立ち上がる。
「お前にみっともない姿見せたくないっつうあいつの気持ち、汲んでやれ」
「どんだけ一緒に居ったと思うん? そんなん、今更やのに……」
 泣き顔など幼い頃から見ていた。
 今更関係ないと思うのだけれども、これ以上高木に気を向けることはしないほうがいいのだろう。
 戸を押して出て行く間際、振り返った高木には笑みを浮かべて手を振った。



 これくらいは許して欲しい。