「銀ちゃん銀ちゃーんっ。久々の依頼ヨ、心固めて引き受けるヨロシ」
「心引き締めてだろ。いーんだよ。今俺ジャンプ読んでてそんな気分じゃねえんだから」
 神楽が意気揚々と帰宅しても出迎えるでもなく、銀時はソファに寝転がったままだった。
 来客であるのに気にも留めず、代わりに慌てて新八が出迎える。
「銀さん、お客さんなんだからちゃんとしてくださいよ、もう。その内本当に見捨てられますからね」
「あーうっせー。どうせ猫探しとかバイトとか、小銭稼ぎの仕事だろ? そんなんなあ、俺の仕事じゃねえんだよ」
 呆れたような口調の新八の足音が遠ざかり、神楽とは違う静かな足音が近付いてくる。
 依頼人だろう。
「あーったく、俺に断りもなく入れやがって……」
「急に出向いてもうて、迷惑やったろうか?」
 頭を掻きながら仕方なく上半身を上げると、聞き覚えのある声が降ってきた。
 顔を引き攣らせて上向けば、思ったとおり、が笑みを浮かべて立っている。
「おい……」
「だから言ってるでしょ。ちゃんとしてください」
「これがいつもの銀ちゃんヨ。悪態吐くなら今の内ネ」
 助けを求めるように新八や神楽を見れば、あっさり突き放された。





 計画





 漸く昔馴染みだと気付いて交流を深めていたとしても、離れていた年月は長い。
 おまけに、始めは気付かなかった負い目もある。
 それを含めなくても知り合いが目の前で『依頼人』として座っているのを眺めるのは、珍しい光景だった。
 新八も神楽も普段どおり接しているが、内心穏やかでない銀時としては、気軽に話すこともやりにくい。
 が、そんな消極的な態度も普段の怠惰だと思われて不審がられてないので、それはそれで気を落ち着かせられる。
「んで? どういう用件だ?」
 三人の世間話がやっと終わりを見せたことを感じ取り、銀時が口を開く。
 このまま世間話だけで終わっても良かったのだが、自分ひとりだけ仲間外れだ。
「そうそう、今な、江戸にうちの幼馴染が来てるみたいなんよ。で、銀の字と一緒に会いに行こう思うてね」
「俺ぁお前の幼馴染なんかしんねえし、一人で会いに行けないのか?」
 面倒、という本音もある。
 それにの幼馴染というのは京で共に生活をしてきた相手という奴で、銀時とは全く面識は無い。
「それがなぁ……」
 銀時に断られるのは承知の上だったのか、は特に言葉に窮することもなく話を続けた。
 その幼馴染とは男で、どうやらに気があるらしい。
 と恋仲という噂を流して男を寄り付けなくしたり、ちょっとした外出にも付いて来て、あれこれ世話を焼く。
 将来を誓った仲でもないはずなのに、いつの間にかの恋人として周囲にその立場を認識させていたというのだ。
 挙句、婚約者として勝手に名乗りだしたため、江戸への出店を理由に半ば逃げてきたという顛末がある。
 話がこれで終わればよかったのだが、その男が最近江戸に上京してきたらしい。
 今のところ店に顔を見せる気配も無いので、恐らくを京へ連れ戻そうという魂胆だろうとは警戒しているのだという。
「嫌だっていや、それで仕舞いにならないのか? お前、ただのらりくらりと交わしてただけだろ、はっきり言ってやれよ。お前のことなんて好きじゃねえって」
 柔和で困ったような顔をして、言葉を濁して逃げてきたのだろう。
 そう指摘され、は曖昧に笑った。
 図星を付かれたのだ。
「でもな、銀。ちゃんと交際はお断りしてるんよ? せやけどあの人、しつこうてねぇ……」
「店に本人が来ないのなら、このまま遠くから見守ってるだけ、とかそういうことはないですか?」
「ストーカーとどこが違うネ、そんなヤツ」
「そうそう。店に本人が来ないからって、実害が無いわけやないからなぁ」
 ただ見守るだけのストーカーなら、放っておいても実害は無い。
 だが現実はそう甘くないのだ。
 出しかけた言葉を飲み込むようにコーヒーに口を付けたを見て、新八は思い出す。
「あ、まさかあの男達……っ」
 つい先日、言いがかりをつけてきた男達が居た。
 あのとき真選組が中に入ってくれたおかげで店には男達は来なくなったが、けれど嫌がらせがあれだけで終わるとは考えにくい。
「……あの時は、ほんまに申し訳ないことをしてしもうて……」
「何の話ネ? 新八ぃ、私に隠して何してるアルか!!」
「僕は何もしてないよっ! つか、被害者だってーの!」
 視線を落としたに神楽は激昂し、新八に掴みかかった。
「で、その陰険野郎に俺と一緒に会いに行って、お前どうすんの」
 新八と神楽を無視して、銀時は話を進めてみる。
 今の時点ではまだ話が見えない。
 がその相手と銀時と一緒に会って、何をしようとしているのだろう。
「そのことなんやけどね。銀の字、今良い人居る?」
「マダオの銀ちゃんに良い人なんてできるわけナイね」
「神楽、黙ってろ」
「銀さんに良い人が居たら、空から河童が降ってきますよ」
「オメーだって居ないだろうがっ!」


 *

 *


 普段通りやる気のなさそうな歩き方をする銀時を伴い、
ファミリーレストランへと向かっていた。
 待ち合わせするならカフェなどのほうが良いと思っていたのだが、銀時が堅苦しい場所は嫌だと言ったのだ。
 それに新八や神楽が後ろから付いて来ているので、彼らが居ても不都合のない場所で、となるとファミレスになったのだ。
「来てるみたいだっつうてたのに、オメーいつのまに連絡取ってたんだ?」
「話があるて言うて、使いの者やいう人が来店しててな。丁度ええな思うて。あと銀」
 常に浮かべている笑みがの顔から消えた。
 生真面目な顔で見つめてくるので、銀時は不審げに目を細める。
「気ぃ強う持って、取り込まれたらあかんよ?」
「どんなアドバイスですかコラ。なんだよ、そんなに危険な相手なのか? 台風でも背負ってくるのか?」
 冗談にしか聞こえないアドバイスだが、は真顔だ。
 見詰め合うこと暫し。
「………………わーかったよ。気を強く持ってりゃいいんだな」
「あと、取り込まれんようにな」
「その取り込まれるっつう意味がいまいち判らないんだが、まあなんとかなるだろ」
 銀時の周りは今までにも個性的な人間が多かった。
 その過去の経験から想定してみれば、多少の変人は対応できる。
「来たようや」
 入り口に向かってにこりと微笑み、が片手を上げた。
 釣られて視線を向ければ、茶髪の男がに向かってにこやかに手を振ってこちらに向かって小走りに歩いてくるところだった。
 見たところ普通の男である。
 奇抜な格好をするわけでもなく、奇妙な行動をすることもない。
 ストーカー宜しく迫られてるから身構えてしまうのだろう。
 そう簡単に考えて、銀時は注文したチョコレートパフェに食らいつく。
「待たせてすまんなあちゃん。ほんでそっちの男は誰やねん」
 人の良い笑顔でに挨拶して向かいに腰を降ろしたかと思えば、当然のようにの隣に座る銀時を睨む。
「うちの昔馴染みで現在恋人の坂田銀時さん。銀の字、こちらはうちの幼馴染であり兄弟子の高木英彦さん」
「昔馴染み言うたらちゃんのほんの一部分しか知らん奴やろ。そんなぽっと出の怠け侍なんかにわいの大事なちゃん任せられるわけない。その点わいはちゃんの全てを知っとる。歌舞伎町言うとこは怖いとこや。いつ身売りさせられるかわからんで? こんなどう見ても甲斐性なさそうなダメ男に引っかかるなんて、ちゃんも人が良すぎるわ。とっとと捨てたほうが身のためやで」
、俺話の半分以上聞き取れなかったんだけど、ちょっと通訳してくんない?」
 紹介が終わった途端、高木は一人で勝手に早口で話したかと思えば、銀時がに耳打ちしている間もまだ何か話している。
「せやろう? 適当な相槌打ってたら、えらいことなるから、気ぃ付けてな。多分、銀にうちのことは任せられん、みたいなこと言うてるはずや」
「多分とかはずって、オメー……」
 笑顔を顔に貼り付けたままのの言葉に銀時は呆れる。
 が、確かにこの勢いなら聞き取れずに適当な相槌を打ちたくなる気持ちは解る。
 だからと高木の関係が、本人を残して発展してしまったのだろう。
「悪徳セールスマンじゃねえか……」
 口八丁手八丁、丸め込んで高額商品を売りつける。
 クーリングオフもさせない悪質な営業マンと一緒だ。
「……ちゅうわけで、わいはちゃん連れ帰ってとっとと祝言挙げる手筈整えてんねや」
「いや、俺たち二人ともあんたの話についていけてないから。それから俺たち出会った瞬間からフォーリンラブで将来誓ったから」
「銀、再会した瞬間から、が真実味あってええんちゃう?」
「そうだな。んじゃそれ。再会した瞬間にもう結婚まで約束したから。俺一生こいつの面倒見るから。お兄さん安心して帰ってください」
「まーあんたみたいな用心棒が居るんやったらそりゃ普通は安心せなあかんはずやけど、いつも居るわけちゃうやろ? いつ何時どんな奴が来るかしれんような場所に店構えてるちゃんが、今度は何言われるか解らんわけやろ? いつも真選組やあんたが助けてくれるわけちゃうからなあ。その点わいはいつでもちゃんの側に居っていつでも見守ってるさかいに、何があっても安心できるっちゅうわけや。な? せやからあんさんは万事屋帰っていつまでも来ない依頼を待ち続けたらええんや」
「いや、俺用心棒じゃねえし。ていうかお兄さん俺の話聞いてる?」
 真選組や万事屋など、突っ込みどころ満載だが口を挟む隙がない。
 一息付いただろう箇所で言葉を返したところで、聞く耳を持たない高木にはまるで通じてない。
「ダメだこりゃ。こいつもうどこか別の世界に行っちゃってるよ。帰ってくるの待ったほうがいいんじゃねえの?」
「そんなん待ってたらうち、いつの間にかこの人の子供生んでそうで嫌やわ」
 銀時は二杯目のチョコレートパフェに手を付け始めている。
 はどうにか笑顔を顔に貼り付けたまま話に耳を傾けている振りはしているが、限界間近だ。
「お前、よくこんなの耐えられるなあ。銀さんもう全っ然話聞いてねえよ。無理だよ。こいつの相手してらんねえよ」
「せやから、気ぃ強う持って、取り込まれんようにな、て言うたやんか」
 高木はいつ飲んでいるのか、注文したアイスコーヒーのコップはいつの間にか空になっており、二杯目が丁度運ばれてきた。
「ところで
「なんやろ」
「こいつの口上、いつまで続くわけ?」
 そろそろトイレにも立ちたい。
 銀時やの後ろで待機していた神楽が何も起こらない現状に飽きて、ファミレス全メニュー制覇に挑戦し始めている。
 お代が全て持ちであるため、新八は食い止めようとしているが既に料理は次々運ばれてきていた。
「あと数十分で終われば、楽やねえ」
「オイオイオイっ。それはつまりアレか? ヘタすりゃ一時間やそこらしゃべってるのか、こいつ。このまま帰ってもバレないんじゃねえの?」
「その可能性は高いなぁ」
「付き合ってられっか。新八、神楽、。帰るぞ」
 高木の話が終わる頃には、日が暮れてしまう。
 バカらしくなって立ち上がった銀時の腕を、高木が急に掴んだ。
 何の用だと視線を向けると、高木が銀時を睨み上げる。
「逃げるんか?」
 勝ち誇った顔の高木に銀時は嫌気が差し、軽く腕を振って高木の手を振り払う。
 相手するのも面倒で厄介な人間だ。
「別に逃げるわけじゃねえよ。お前の長たらしい無駄話に付き合うほど暇な人間じゃねえんだ。一人で勝手にしゃべってろよ」
「わいの不戦勝てことで連れてくわ。ちゃん、行くで」
 にこにこ上機嫌での手を取ろうとした高木の手を、新八が遮るように掴んだ。
 当然高木は笑みを消して新八を睨みつける。
「坊主、何やねん」
「さっき銀さんのこと、用心棒とか言いましたよね」
「言うたがなんや。わいにケチ付けるんか? いらん手ぇ出しよったらまた怪我するで」
「また怪我をするって、どういう意味ですか。さんの店に嫌がらせしたの、あなたですか」
「知るかボケ。ゴキブリなんぞ菓子箱に入れるわけないやろ、わいかて和菓子職人や。そんな自分の仕事汚すような真似するわけないやろ」
「誰もゴキブリなんて単語、口にしてないですよ」
「っ!!」
 露骨に高木が顔を引き攣らせた。
「英さん、」
「わいちょお用思い出してもうて今日は帰るわっ! ほなまた後日な!」
 眉を潜めたが何かを言う前に、高木は新八を突き飛ばす勢いで走り去る。
 バランスを崩すことはなかったが痺れを訴える手首を押さえ、新八は頭を振った。
「すみません、逃げられてしまいましたね」
「図星刺されると一目散や。新八くん、大事ない?」
 初めてに名を呼ばれたことに目を大きくした新八だったが、すぐに表情を和らげ首を横に振る。
「大丈夫ですよ、これくらい」

 顔見せはできた。
 さて次は、どう出るか。