「あ? 和菓子屋ぁ?」
 新八の作った朝食を頬張りながら、銀時は訝しげに眉を寄せた。
「はい。最近出来たばっかりらしいんですけど、結構美味しいって有名らしいです」
 炊飯器を抱き込んでしゃもじで口へ掻き込む神楽のためにお茶を出してやり、新八は頷く。
「へー、和菓子ねえ」
 神楽に奪い取られないようにとおかずを口一杯に頬張り、銀時は気のない返事を返した。
「興味ないんですか? 甘党なのに」
 糖尿病寸前になるほどの甘党だというのに話に乗ってこない銀時に、新八は驚いたように眼を見開く。
「俺ぁアンコよりチョコパフェのほうが好きだってこら神楽っ! それは俺の焼き魚だ!」
「違うアル。私の目の前にあれば私のモノネ。銀ちゃんのモノも私のモノアルヨ!」
「ジャイ○アンか? お前はジャイ○アンですかこら!」

 毎回のことながら食事中は戦争である。

 話をまともに聞く気のない二人に、新八は深々と息を吐いた。




 出来事


 依頼もなく暇潰しできるものもない。
 どうせ暇なのだからと荷物持ちよろしく買い物へ出かけた銀時は見慣れる人だかりを見つけて足を止めた。
 数日前まで確かあの場所は空き家だったはずである。
──……新八ぃ。あの人だかり、なんだ?」
「本当に人の話聞いてないですね。和菓子屋ですよ。つい一週間前にオープンしたそうです」
「へえー……」
「オープンセールで20%割引だとか店長が美人だとか、なんかいろいろお客さん呼ぶ要素があるようですよ」
「へえー」
「……全っ然、興味ないでしょ、銀さん」
 興味のない顔で人だかりを眺めている銀時を半目で眺め、新八は息を吐き出す。
 和菓子好きというわけではないが、あまりの話題性に一口でいいから食べたいと思うのは人の性だろう。
 それにどこから入手したのか、お通がファンだという情報も入っている。
 どんな味が好きなのかとか、いつ店に来るのかだとか。
 あとは──……



「銀さん」

 店の人だかりが、ざわついている。
 オープンセールの割引や、美人な看板店長に驚いたり喜んだりするざわつきではない。
 歩く銀時の着物の裾を思わず掴み、新八は店を凝視したまま動かない。
「ん? どしたー? 新八ぃー。ゴリラの幽霊見たような顔して」
 そのまま引っ張って歩くことは可能だが、新八の意識は和菓子屋へ飛んでいるし、このまま放っておくのもまずいのだろう。
 仕方なく立ち止まり、新八を振り返る。

「なんか、あれ、大丈夫なんでしょうかね?」
「は?」
 何を言っているのか理解ができない。
 笑おうとして失敗したひきつり笑いの新八の視線を追い、銀時も和菓子屋を見る。



 人ごみの中、見慣れたオレンジかかった桃色の髪が見えた。
 人だかりはどうやらその人物が和菓子を信じられないスピードと量で消費している様を、興味本位で見学しているらしかった。



 ひくり、と銀時の頬が吊り上がる。
「…………なあ新八君。和菓子屋ってのぁ、オープンセールで食べ放題だか大食い選手権なんてするものかな? 俺は知らないんですけど」
「僕だって知りませんよ。てかどうします?」
 逃げますか、と問いかけた新八の声は、店の中からの叫び声にかき消される。
「銀ちゃーん、新八ー!!」

 口一杯に放り込まれた、既に何の形を模したのか判別不能の餡子の塊と化した元和菓子の粉が笑顔の口元からほろほろ落ちて行き、右手にはがっつり掴まれている和菓子の山。

「──っ!!!」

 銀時と新八は二人同時に示し合わせたように和菓子屋から顔を背けた。
「えーっと新八、次何買いに行くんだっけ?」
「えーっと、そうですね。はい。あれ、なんでしたっけ」
「いやいや歩きながら思い出そう。こんなところで立ち往生してもな、思い出せないし巻き込まれるから」
「そうですね、逃げないとやばいですよね」
 ここは他人の振りをしてとっととこの場から離れなければいけない。
 二人は早足で歩き去ろうとした。
「銀ちゃん、新八ィー! あれ? 聞こえてないアルカ? おーい!! 銀ちゃーん!!」
 左手を大きく振る、その注目を集めている神楽は周囲のざわめきなど全く気にしていないらしい。
 ざわめく周囲の人間達は、神楽と銀時達を交互に眺め、何やら囁き合っている。
 その会話の中身は、聞きたくないけど聞こえてくる。
「……耳、塞ぎたい……」
 両手で塞いだとしてもこういうのは聞こえてくるものだ。
 背後で両手を振って二人の名前を大きな声で叫ぶ神楽の声は、既に街中に広がっている。
 どうせ逃げたところで顔も名前も割れている。
「あーあ、仕方ねえなあ……新八、おめー幾ら持ってる?」
「出せて三桁ですよ。アンタが給料くれないから」






 腹を括って和菓子屋へ突入し、神楽が食べ散らかした和菓子の量を店員から聞いて2人は撃沈した。
「おい神楽……お前なんでそんなに食ってんだよ!」
「美味しいかったヨ? 今日は安いって言うし、勿論銀ちゃんがお金払うネ。私無一文アルヨ」
「美味かったからってこんなに食べて! なんか大食いコンテストとか制限時間で食べたらタダになるとか、そんなんなんでしょ? そうだよね神楽ちゃん。そうだと言って!」
「何言ってるネ。そんな親切な設定あるわけないヨ。だから駄メガネって言われるネ」
「言ってるのは神楽ちゃんだけだよ!」
 どうにか店内から出て路地に入れたものの、このまま逃げては無銭飲食である。
 しかも多額の。
「誰も来ないし、このまま逃げるか」
「何言ってんの! 三人とも顔も名前も知れ渡ってるから、後から怖いお兄さん達が万事屋に乗り込んでくるよ!」
「名前割れてるの銀ちゃんと新八だけネ。怖い兄さんなんて私と定春で蹴散らすから大丈夫ヨ」
「あー、それいいね。んじゃそれにしよう。けってーい」
「そういう問題じゃねえー!!」
 新八が叫び銀時に掴みかかったその時、裏戸が開いて一人の女性が姿を現す。
 新八は銀時の胸元に掴みかかったまま、銀時は新八の手を外そうと手をかけた格好のまま、顔をそちらへ向けた。
「……いくら人通りが少ない言うても、うちは店と自宅と兼用やから、もう少し静かにしてくれると嬉しいんやけど」
 桜色の着物に身を包み、おっとりとした独特の口調で女性が小首を傾げる。
 慌てて新八は銀時を離し、頭を下げる。
「あ、すみません……って、自宅兼用……」
 つまり和菓子屋を切り盛りしている店主の家が、塀を隔てたそこに存在しているということだ。
 そんな場所で堂々と無銭を宣言している。
 そして極めつけとしては、この出てきた女性が恐らく店主ということ。
「怖いお兄さんは雇う気はないけど、食べた分のお金は払うてくれると、有難いわぁ」
 にこりと微笑む。
 邪気の見えない笑顔だが、それ故に自分達の意地汚さが露見して見えてくる。
「あ、いや……それは……もちろん……」
「大丈夫ヨ。料金はこの駄メガネがこの店で働いて返すネ」
 笑顔を取り繕う新八を神楽は人差し指で指した。
「食ったのはお前だろー!? 自分で働いて返すのが筋ってもんだろ!?」
「神楽は働くより食うこと専門だからな。試食と称して商品全部食っちまうだろう」
「そんなコトしないアル。私だってそういうことしちゃいけないの知ってるネ。でも私暴れること以外で働いたことないアル」
「威張るなー!!」
 のらりくらりとしている銀時や何故だか堂々としている神楽、一人まともであろう新八は疲れたように息を吐く。
 本日これで何度目の溜息だろうか。
「あのー、すみません。ローン払いってできますか?」
 結局自分がまとめるしかない。
 新八は己の役割を果たそうと、へこへこと腰を屈めて女性に窺う。

 くすくすと楽しげに笑うのは、今のこの状況では不似合いだろう。
 しかし笑うのは店主である。
「あ、あのー?」
「ん、ごめんなぁ、つい……。仲がえぇんやねぇ」
「えぇ、まあ……」
 この状況下、仲が良く見えるのは所詮他人事だから。
「せやけど、料金の割引は勘弁ねぇ」
「あはは。……ですよねえ」
 柔和な笑みを浮かべて温和そうではあるが、店主としては厳しいらしい。
「まああれだ。俺ら万事屋だし、何か困ったことがあれば、」
──……銀?」
 依頼を受けてそれを受ける形で料金を誤魔化そうとしていた銀時だったが、ふいに名を呼ばれ、開口したまま女性を見る。
 銀時がまともに彼女を見るのは、これが初めてだ。
 桜色に波紋が広がる模様の着物、新八と同じくらいの身長だろうか、小柄で驚いたように銀時を見上げているその温和な表情は虫も殺せそうにない。
 が、妙という前科があるため見た目に騙されては後で泣きを見ることになりそうだ。
「銀さん、お知り合いですか?」
「いや、今日が初対面だと思うんだが……」
 女性と知り合う場所というのは限られている。
 その限られた場所で出会う女性というのも、大体似たり寄ったりの外見や性格だ。
 目の前の彼女と知り合うとしたら、そんな場所ではない。……はずだ。
。あぁ懐かしいなぁ。元気そうで何より。こんな可愛い弟さんとお嬢さんがおったなんて、知らへんかったわぁ」
 と名乗った女性はにこにこと嬉しそうに笑う。
 だが銀時には彼女と出会った場所も経緯も思い出せず、訝るように目を細める。
「新八は俺の助手。神楽は、まあ、なんだ。預かってるだけだ。俺の子じゃあない」
「こんな死んだ目したパピーいらないネ。私のパピー、宇宙一のえいりあんはんたあ。とてもカッコイイネ!」
 なんでこんなところで紹介しなければいけないのだろう。
 話の流れでの展開だが、妙にこのという女性は自分のペースへ惹きこむ力を持っている。
 我が道を突き進む神楽は別として。
「そうなん? まあ今日は再会記念言うことで、うちの奢りでええわ」
「マジでか!? 姉御太い腹出っ張ってるアル!!」
「そこは普通に太っ腹でいいから、神楽ちゃん。あの、いいんですか?」
 万歳と両手を上げて喜ぶ神楽を嗜め、新八は心配そうに問う。
 あの人だかりの騒がしさや積まれた皿の数からして、神楽が食べ尽くした和菓子は大変な量になっているはずだ。
 しかも今はオープンセール真っ最中。
 材料費やバイト代など何かと金がかかる時期だろうに、赤字になって即倒産、などになってしまっては後味が悪い。
「ええよ、子供がそんなん気にせんときぃ。その代わり、またお店に来てくれればええから」
 そのときは購入することが条件ではあるものの、は気前良く三人を見送る。

「銀さん、思い出せました?」
 に手を振って和菓子屋からなんとか帰宅路に着いた新八は、こそこそと銀時に耳打ちした。
「それがなあ、ぜーんぜん」
「ちょっ、まずいですよ、それ。だって普通知り合いだからってここまで太っ腹になれないでしょ。絶対銀さんと昔何かあったんだって」
「なんでそう決め付けてんの、新八君」
 とは返すものの、銀時も内心それは勘付いている。
 でなければこうもあっさり帰されるはずも、があんなに懐かしそうに銀時を見つめるはずがない。


「誰だろーなー?」


 思い出せる昔のことといえば、攘夷戦争で懸命に生きていた頃のこと。