裏木戸から、何やらご機嫌な沖田が出てきた。
 それを無言で見送ってからゆっくり三十秒数える。
 そうして指折り数えて三十秒後、銀時は木戸を引いて中を覗きこんだ。
「……どしたぁ?」
 縁側で一人座りこみ、珍しくぼんやりしているに、思わず銀時は声を掛けてしまう。
 その声に、銀時の訪問を知ったが笑みを浮かべた。腰を浮かすでもなくそのままの状態で、銀時が中に入るのを待つ。
「自分の家やもの、ぼんやりすることもあるんよ?」
「よく言うよ。人が来たらすーぐ出迎えるくせに」
 言い訳じみたことを言うに銀時は鼻で笑った。
 だがは気分を害することもなくくすくすと笑い、うんと頷く。
「そりゃあ、客商売やもの」
 客が来たら笑顔で出迎え、快く商品を吟味して貰う。
 笑顔の準備をする為か、は人の気配に敏感だ。
 それでも今、銀時が声を掛けるまで訪問に気付かなかったのは。
「隣、良い?」
「どうぞ。お茶淹れに、うちはすぐ立つけれど」
 そう行って笑いながら、は銀時が腰を落ち着けるまで待つ。
 銀時が座るとそれを確認するように数秒眺め、それから立ち上がる。
 店の方へ去っていくを目で追い、銀時は床の間に飾られているものに気付いた。
 以前来た時にはなかったものだ。
 ブーツを脱いで中へ上がり、それへ近付く。
「──……」
 見覚えのある、二振りの刀。
 持てば確かな重みと質感が銀時を向かえ、鞘を抜かずとも中の状態は知っている。
 錆びてぼろぼろになった刃、染み付いた腐臭と血の臭い。
「ほんま男の人は、刀好きやなぁ」
 しみじみ嘆息交じりの声が背後からする。
 足音を立てないのは、いつ頃からの癖か。
 気付いた頃にはもう、はこうして静かに背後に立つ術を身に付け、人を驚かせては笑っていた。
「侍だからな」
 それだけが理由ではないが、銀時は一言だけ口にして手にしていた刀を元の場所へ戻す。
「どうしたんだ? これ」
 恐らく同じ質問を本日何度かされているだろう。
 つい先ほどまで此処に滞在していたあの二人が、これに気付かないはずがない。
 銀時の思うことが知れるのか、は可笑しそうに笑った。
「晋がなぁ、置いてったんよ。わざわざ持って来はって」
 名を出せば銀時が渋い顔をするのは判っていたが、隠さなくてはいけない相手でなし。
 は笑みを浮かべたまま答える。
 本当は銀時だって刀の出所を知ってはいる。それなのにわざわざ問うということは、確認したかったのだろう。
「それで?」
 縁側に戻り腰を落ち着けて、未だに床の間で突っ立ったままの銀時に声を掛ける。
 訪問のタイミングを見るに、沖田や土方の訪問も知っているはずだ。
 高杉が数日前に来たことは知らなかったろうが、今自身が話した。
「べぇっつに? 最近面会謝絶のごとく引き篭もった引っ込み思案の幼馴染の顔見に来ただけだから、そう大層なもてなしは全っ然、期待してねえから」
 言いつつ銀時はの持って来た盆を覗きこんで和菓子を数え、満足そうに頷いての隣へ腰を降ろす。
「表から来たらちゃんと会うたやないの」
「まあな」
 桜色の和菓子を抓んで口の中に放り込み、けれど、と銀時は心中で反発する。
 店で会うは、店主としてのであって銀時が会いたいではない。
「大串君になんかヤなことでもされたのか?」
「ふふっ。何でここで、土方さんの話が出るん?」
 唐突に出た名に、は楽しげに笑う。
「さあなぁ」
 生返事を返した後、銀時はごろりと横になった。
 一言の詫びを入れることも無く勝手に膝を枕にされ、は驚いて目を丸くした。
「疲れてんじゃねえの? 此処最近、妙に奴等に関わってばっかりだたようだし」
 誰のことを言っているのかと不思議そうに瞬きをした後、話の流れで土方を主とした真選組のことを言っているのだと判った。
 元は桂や馴染み客との関わりであったはずなのに、言われてみれば真選組の彼らと顔を合わせる方が多かった。
 それから、土方との仲を冷やかされたり釘を刺されたりして、……。
「せやねぇ。色々面倒すぎて、全部放り投げとうなったんよ」
 少なからず好意を持っていたことは認める。
 けれど、特別視をした覚えはない。
 なのに周りが勝手に盛り上がり、先手を打たれ、自分の気持ちを見失ったのも事実だ。
 表向きいつもと変わらぬ笑顔で接客しながら、自宅へは誰も通さなかった。
 何かすることがあったわけではない。ただ、全てが億劫になっていた。
 そんな腐った気持ちの切り替えができたのは、いつの頃だったか。
 高杉の訪問が切欠になったようにも思えるが、確証は無い。
 久方ぶりに江戸へ来ると報せが入り、折角チャーターしたらしい船をキャンセルして貰い、家へ上げた。
 己の不甲斐なさに呆れた高杉に斬り捨てられることを、無意識にでも望んだのだろうか。
 けれど、いざ高杉に会って話をし、刀を手渡されて、このまま逃げるのは嫌だな、と思った。
 攘夷戦争では逃亡を考えることもなく率先して戦いに興じた。
 むしろあの頃のほうが自殺願望は強かったのだろう。
 自分で自分の息の根を止めることができないから、他人の手を借りようとするように。
 いつ死ぬか判らぬ戦いで、しかも女である身の上で、前線に立つなど死に急ぐようなものだと何度も言われた。
「……疲れてたんかなぁ」
 寝転んだ銀時の髪に触れ、軽く梳く。
「オメーは昔っからそうだろ。つまんねーことで全力投球したかと思えば、いきなり全部放り出してたり。誰が尻拭いしてたよ?」
 の指使いに気を良くしたように銀時は口の端を上げ、にやりと笑う。
 釣られても微笑を浮かべる。
「銀の字でなかったんは、確かやねぇ」
「そうだったか?」
 興味が無くなればさっさと放り投げるのは、昔からの悪い癖だ。
 だがその尻拭いをしたのは、今は亡き双子の弟や桂、巻き込まれる形でなし崩しに後始末をしていた高杉で、銀時はどちらかといえばと同じ立場であったはず。
「都合の悪いことは勝手に記憶書き換えとるんやね」
 空とぼける銀時に、今度は声を立てて笑う。
「で、んなヤケ起こすくらいイヤなこと、多串君にされたんだ」
 話題がぐるりと一回りして戻って来る。
 気を使うように見せて、銀時は確信を突くことを言う。
 同じように桂なども気を使って庭の手入れなどをしてくれたが、結局何も問うことはしなかった。
 思えば高杉の突然の訪問も、気を使ってくれていたのかもしれない。刀と切欠をくれたのだから。
「土方さん本人に、何かされたことはあらへんよ」
「でもあいつが関わってんだろ? じゃなきゃわざわざ遮断したりしねえじゃねえか」
「嫌やわ、そうやって土方さんのこと悪者にしたん? あぁ……土方さんには、うちのこと悪者にしたんやろ」
 そうやって話を聞きだそうとしたに違いない。
 そう思って軽く銀時を睨むと、気分を害したように眉を寄せられてしまった。
「何で俺がお前のこと悪者にするんだ? むしろ悪者はあっちだろ、どんな理由があろうと、俺はお前の味方だ」
「どんな理由があろうと、ねぇ……」
 どうしてそう自信満々に言えるのだろう。
 土方に非は無い。無論、沖田も土方のことを考えての進言なのだから、非があるはずもない。
 誰が悪いのかと問われれば誰も悪い者はいないのだが、自分勝手に周りを遮断したのは、だ。
 それは責められても仕方の無い行為ではないのだろうか。
「あったりまえだろ? 第一あんな税金泥棒の暴力警察二十四時の肩持って、誰が喜ぶよ? ゴリラだって崖の上から蹴り落とすね」
 鼻で笑い飛ばし、銀時は膝に頭を乗せたまま、を見上げた。
「だからさ、俺にだけ、打ち明けねえ?」
 真摯に見つめてくる銀時の紅い瞳に、魅せられたようには見つめ返した。
「なに……」
「別にお前の恋愛事情に口出しなんざしねえよ。でも、誰も話す相手居ないってぇのは寂しいだろ?」
 伸ばした手で頬に触れ、片頬を上げて片目を瞑っておどけてみせる。
 口調も浮かべる表情も普段と同じ人を食った浮ついたものであるのに、向けられる視線と頬を撫でる指の優しさだけが別物だ。
「……銀?」
 銀時は何か勘違いしているだろう。
 今も昔も、が一番手に上げるのはもう会えない魂の片割れだけだ。
「うちはちゃあんと、銀も晋もこたも好きよ? 二番目に、やけど」
「それは知ってる」
 微笑んでみせたのに、銀時はそれに納得せず、後の言葉を促すようにただ見上げてくる。
 その眼差しに、は眉根を寄せる。
「うちは、ほんまに……。大体土方さんに会うたのも、全然久方ぶりで、沖田さんが来なければ、きっと土方さんも寄らんかったんよ」
 だから、土方の訪問を待っていたわけではないのだ。
 沖田が寄ったのも偶然で、まさか土方もわざわざ来るとは思えなかった。
 予防線は張り巡らされていて、の方から糸を断ち切った。
 何の呵責も感じる必要の無い沖田だって、土方の訪問など考えもしなかっただろう。
「久々に会って、嬉しかったんだろ? すげえ幸せそうだ」
 頬に伸ばした腕はそのままで、銀時は上体を起き上がらせてと向き合う。
 背の高さも相まって上背のある銀時を、今度はが見上げる番だ。
「……銀の字には敵わへんなぁ」
 覚悟を決めた言葉を吐くと、何故かぼろりと涙が落ちた。
 微苦笑を浮かべた銀時は指の腹で涙を拭い、の前髪へ軽く口付けを落とす。
「そろそろ一番手、譲ってもいいんじゃねえの?」
 その一番手を狙っていたのは銀時だけではない。
 会えなくても、状況を耳にして思わず我先にと動いた桂や高杉だって、恐らく同じ想いだっただろう。
 口にせずとも小さい頃から共に過ごして生きてきたのだから、互いの心内など少なからず把握できる。
「俺達ゃみぃんな、お前の幸せを祈っているよ。……大事な妹みたいなもんだからな」
 言葉に嘘は無いけれど、少しだけ胸が痛む。
 この台詞は他の誰かが言うはずだった。
 嫌な役を自ら引き受けてしまったようだと、銀時は歪む己の表情を隠すように、を胸へ抱き寄せる。
「同い年やのに、妹なんてどうなん?」
 のくぐもった笑いの含まれた声がする。
「だぁからみたいっつってんだろ」
 本当は妹などと思うはずもない。
 幼馴染の役得としてこうして抱き寄せることができても、それ以上先には進めない。
「……おおきに。ありがとう、銀」
 胸に寄せてくる頭が、親しげに摺り寄せる頬が、嬉しさと同時にちくちくと胸を苛む。
「礼は糖分で払ってくれりゃいいから」
 こうして軽口を吐き出さなければ、本音が漏れそうで怖い。
 親愛の情以上を悟られぬよう細心の注意を払いながらも、銀時はを抱き寄せる腕にそっと力を込めた。