レモンの飴玉
珍しくから呼び出された。
弾む声から何か良いことがあったようではあるが、それが何かは教えてくれなかった。
万事屋三人で店に来てくれ、という申し出だったために、銀時は新八と神楽を連れて店へやってきた。
わざわざ三人でという前置きがあるので仕事の依頼かと思ったが、どうやらそうではないらしい。
店に着くと満面の笑みで迎えられ、逆に眉を潜めてしまった。
「何の用だ?」
「京都から仰山飴玉送って貰うたんよ。珍しい味もあるから、味見がてらいくつか貰うて行かへんかな、思うて」
京都といえばの幼馴染が一番に思い当たる。
良い思い出の無い男で、再び眉を潜めた銀時だが、に手を引かれて奥の席に着くと既に机には色とりどりの飴玉が小袋に分けられて置かれている。
「これ、酢昆布味なんやけど、神楽ちゃんどないやろ?」
「まじでかっ。……っ!?」
瞳をきらきらと輝かせて示された飴玉を口に放り込み、神楽の顔が一気に青褪めた。
不味いだろうに、吐き出したり瞬時に殴りかかったりしないのは、がくれたからだろう。
渋い顔で飴玉を舐め、焦れたのか結局がりがりと噛み砕いてしまった。
「ー。酢昆布は酢昆布だから美味しいアル。飴玉にしたらマズいアル」
「え、そうなん? ……これは失敗、やねぇ。折角神楽ちゃんに、て作って貰うたのに……」
好きだからと言っても加工して味を作ればそれは偽物だ。
匂いも味も酢昆布でも、酢昆布味の飴玉であり、それ以上でもそれ以下でもない。
「あ、さん。このピンクは何ですか? 桃?」
残念そうなに新八が慌てて別の飴玉を手に取った。
淡い桃色をした小さくて丸い飴玉は、見た目からして果物の桃に似ている。
「うん、そう。桃らしいわぁ。こっちの緑と赤は、スイカ味」
「おぉーっ! 冬でもスイカの味が食べられるアルっ」
目を輝かせて神楽が取った小袋には、食べやすい大きさにカットされたスイカを模した飴玉が入っている。
ご丁寧に皮の黒縞と種まで再現していて、指先サイズのカットスイカだ。
「さっき酢昆布味の飴玉で懲りただろうが。どうせそれだってスイカ味した飴玉だよ。新八の食ってるのだって、桃の味した飴玉じゃねえか」
手鞠を模した飴玉や何処から切っても同じ模様の金太郎飴など、幾つもの種類がある飴玉を見下ろして、銀時は詰まらなそうに言葉を吐く。
「銀ちゃん遊び心に飢えた男ネ。そんなこと知ってるヨ」
「本物に似せた味の飴玉だって誰でも知ってますよ。何でそんなに不機嫌なんですか。変ですよ、銀さん」
桃味の飴玉を口の中で転がしながら、新八は銀時を嗜める。
なにやら不機嫌な銀時に呆れて目を細め、神楽は真っ黒な飴玉を口に含んだ。
「……あ、これチョコ味アル」
「っ」
神楽の呟きに銀時が僅かに反応した。
横目で神楽を見て気にしながらも、やはり鼻で笑う。
「はっ! どうせそれだってただのチョコ味の飴玉だろ? チョコじゃねえよ。糖分だけど糖分じゃねえよ」
「もう、さっきからなんですかっ。甘いものでしょうが飴玉だって。噛まないで舐めてれば糖分を長いこと楽しめるじゃないですか」
「禁煙中のどっかの煙草中毒者じゃあるめえし、飴玉なんかで誤魔化されてたまっかってんだよっ」
「銀、口開けて」
苛々と組んだ足を小刻みに動かし、今にも立ち上がりそうな銀時の口元に、が黄色い飴玉を指先で抓んで差し出した。
楕円形の黄色い飴玉だ。
「……何味だ」
「食べてからの、お楽しみ」
にこにこと笑顔のを胡散臭そうに眺め、銀時はひとまず歯での指先から飴玉を取り出す。
その際ほんの少しの指先に歯が当たってしまったが、は何も言わない。
の顔色を窺いながら歯で取り出した黄色い飴玉を一度見下ろし、口に含んで一舐めする。
「──がはっ!!!」
その途端、銀時は衝撃で椅子から転げ落ちた。
「なっ。ちょっと、銀さん!?」
「銀ちゃーん。そんなにウマかったアルか?」
スイカ味の飴玉を噛み砕き、神楽は銀時が食べたのに似た黄色い飴玉に手を伸ばす。
「……ってめ、っ! んだよこりゃあっ! っ、ぐはぁっ!?」
腹立ち紛れに飴玉を噛み砕く。
が、その飴玉の真ん中に仕込まれていたらしい白い粉が口中に広がり、鼻を突きぬける衝撃が再び銀時を襲った。
「それ、レモン味なんよ。普通の甘い飴玉やのうて、酸っぱいやろ? しかも二段構えらしくてなあ」
床を転げ回る銀時が面白いように、は口元に手を当てて笑う。
「さん……そんな危険なものを……」
「ビタミン百パーセントで、身体にはえぇんよ。やっぱり、銀の字にあげて正解やわぁ」
「正解、じゃ、ねえよっ!」
新八から貰った水で口の中に残った酸味を流し込もうとするが、二度の衝撃を与えた酸味はなかなか口の中から消えてくれない。
「神楽ちゃんや新八くんにあげるわけには、いかんやろ?」
「だからってお前っ!」
「さん、これ売り物ですか?」
銀時の反応を見ても判る、あまり一般的ではなさそうな飴玉だ。
店の中に居て銀時の反応を目の当たりにした客は、確実に買わない。
「これは一粒だけ。英さんが銀の字に、て。他は甘いんよ」
「銀ちゃん、物凄く甘いネコレ。大袈裟ヨ」
一般発売されているレモン味の飴玉と同じように甘い黄色の飴玉をがりがり噛み砕き、神楽は冷たい視線を投げかける。
「あんにゃろう、今度会ったら絶対シメる……っ!」
遠い京都から高木が銀時に向かって舌を出しているようだ。
やや白夜叉に戻って殺気を漲らせながら、銀時はどうにか立ち上がった。
椅子に座り直して口直しにと飴玉を探る銀時の目の前に、またが一つの飴を差し出す。
今度は薄桃色だ。
「…………」
不信の目でを見る銀時に、はただにこにこと差し出し続ける。
薄桃色の食べ物で、何か危険な食べ物はあっただろうか。
色で浮かぶ食べ物は幾つかあるものの、そう危険な食べ物はなかったはずだ。
人差し指と親指に抓まれた飴玉を凝視して、それからを見る。
やはりただ笑みを浮かべて銀時を見守っている。
横目で新八や神楽を窺うと、既に他の飴玉に気を取られて全く此方を意識してもいない。
「──……」
銀時は手を伸ばして目の前に飴玉を差し出すの手首を捕まえた。
急なことに目を大きくして吃驚しているが気付かない振りをして、飴玉を一舐めする。
ついでに意識して人差し指の腹を舐め、短く切られた爪に痛め付けられない事に調子付く。
捕まえた手首からが強張っているのを認めるも、まだ手は離してやらない。
意地悪く口の端を上げて見せ、の指ごと口中に収めた。
「っ!?」
反射的に腕を取り戻そうと引っ張る手首を押さえたまま、銀時は舌先で飴玉を掬う。
ゆっくりした動きで指の腹を舐め上げ、の頬が羞恥に染まったのを見て手を離した。
これ以上は同行した子供達へ教育上良くないし、恐らくから制裁が加えられる。
「っ、銀っ!!」
「イチゴミルク味だな。これはウマい」
「銀ちゃん甘ければ何でもいいアルよ」
「ばっか、おめー、ただ甘たるくても満足感得らねなきゃ意味ねえんだっつうの」
なあ、と口中の飴玉を転がしながら銀時は満足そうに口の端を歪める。
「……、阿呆っ」
左手の人差し指と親指を覆い隠しながら、赤い顔をしては銀時を睨みつける。
二人のやりとりの意味を捉えかね、新八は首を捻った。
銀時はただにやにやと笑うだけで新八の疑問に答える気は全くない。
「こういう呼び出しなら、いつでも歓迎だけどな?」
「……黄色い飴玉用意して待っとくわ」
「さっきと同じ方法で食わしてくれるんなら、食ってやるよ」
小さく舌を出した銀時の舌の上には、薄桃色の飴玉がちょこんと乗っていた。