切った






 一段落つき、桂はの店へと足を運んだ。
 大乱闘での目立った外傷はないものの、それでも身体の節々は痛んだ。
 疲労困憊で動ける状態ではなかった、と事実もある。

 銀時などは怪我の治療のために志村姉弟の家で療養中だと聞いた。
 見舞いも兼ねて顔を出そうと思ったが、手土産の一つもないのは不作法というものだ。
 手土産の購入も兼ねて和菓子屋へ来たのだが、表にの姿がない。
 ひとまず土産分を買って裏へ回り、以前教えて貰った引き戸を引いて中を覗き込む。
「……」
 ぼんやり空を見上げているが居た。

 何やら元気がないようだが、無事であることに安心し、桂は庭へ足を踏み入れる。
 は桂に気付かない。
「……?」
 縁側に座るの側に立ち、もう一度名を呼ぶ。
 ぼんやり空を眺めていたは間近で呼ばれたことに反応して顔を向け、桂を認めて不思議そうに瞬きした。
「こた……。いつ来たん?」
「今だ。どうした? さっきも名を呼んだのに反応一つせずに。何かあったのか?」
 隣に腰を下ろした桂とほぼ同時に立ち上がり、はにこりと笑う。
「気ぃつかんと、堪忍ねぇ。今お茶淹れてくるさかいに」
「いや、それは……」
 いらない、と続けるはずの言葉はくるりと背中を向けて奥へ入るに届かない。
 ほどなくして戻ってきたはいつもと同じく笑みを顔に貼り付けていて、盆に載った湯飲みを桂の前に置いた。
「ありがとう」
「髪」
 湯飲みへ手を伸ばしかけた桂はの声に手を止めた。
 笑みを浮かべたままはただ桂を見ている。
「切ったんやねぇ」
「あぁ、いや、これは……」
 切られた、という表現が正しいのだがそれを言うとその原因も言わなくてはいけない。
 も高杉と昔馴染みではある。
 だが道を違えた今、高杉の話題をこの場で出していいものか、迷う。
「……イメチェンだ」
「ふうん」
 結局お茶を飲んで言葉を濁し、言えない言葉も一緒に飲み込む。
 はそれを判っているはずなのに、ただにこにこと笑っている。
 一度口を閉ざしてしまうと話題はなかなか思いつかず、桂は所在無げにお茶を飲むしかない。
 ちらちらと横目でを窺うも、やはり笑顔を浮かべたままだ。
 いつもと同じ、温和な笑顔を…………。
、もしや何か怒っているのか?」
 その理由に心当たりはないし根拠もない。笑顔を浮かべているのだから、桂の思い過ごしの可能性もある。
 だが、何故か浮かべている笑顔が嘘くさいと思ってしまったのだ。
 怒りを笑顔で誤魔化している。
 そんな風に見える。
 笑顔を浮かべたまま、は桂を見てゆっくりと首を横に振った。
「なぁんも。別に怒る理由、あらへんやろ?」
「いや、しかし」
「それとも、こた。何やうちに隠してることでもあるん?」
「えっ、」
「せやから、うちが怒ってるように見えるんちゃう?」
「いやっ、……?」
 笑顔が張り付いているから逆に怖い。
 怒りの深さが垣間見えるようで、桂は引き攣りながらも笑みを浮かべてみた。
「別に何も隠してないと思うぞ? 俺がお前に嘘を言う必要はなかろう?」
 声音はいつも通りを装いながらも、視線はから逸れている。
「せやねえ。うちはこたの仲間ちゃうし、ただのしがない和菓子屋やもの」
「……?」
 嫌味のような言葉にやはり張り付いたままの笑顔。
 思わず伸ばしかけた手を無視するように、は湯飲みを置いて空を見上げた。
 空は澄み渡った青空で、視界には天人の船も珍しく入ってこない。
「こうして一人空見上げるんが、唯一の楽しみやもの」

 真っ直ぐを見て名を呼んでも、は桂を見ようともしない。
 まるで側に居ないようだ。
 さきほどと同じ。
 桂は一息吐くと伸ばしかけたままだった手を伸ばし、の髪に触れる。
「誰から何を聞いたか知らんが、お前が心配するようなことはない。俺もエリザベスも……銀時も」
「せやね。神楽ちゃんも新八君も、何もうちが心配するようなこと、あらへんもの」
 手を振り払われはしないが拒絶されているのは判る。
 嘆息し、桂は立ち上がっての前に回りこんだ。
 空を見上げたままのの目は潤むこともなく、ただ空を睨みつけていた。
 視界に桂が入り込んでも映しこむことを拒絶するように、動かない。
 そのままの頭に手を添えて、自分の胸元へ押し付けるように抱きとめる。
「隠していたわけではない。ただ、どう言えばよいのか判らなくてな」
「言葉を選ぶ必要なんてあるん?」
「やはり怒ってるな」
「そうやない。確かにうちは銀もこたとも仲間やないし何もできへんけど、……蚊帳の外で、寂しいだけ」
 消え入りそうなほど小さな声で告げられたことに、桂は思わず顔が綻ぶのを感じた。
「まあ、俺は事件の初っ端で姿を消さなくてはいけなかったからな、詳しいことは言えなかった。それは謝る。だが、お前を巻き込みたくなかったんだ」
「それが蚊帳の外言うんよ」
「あぁ、そうだな。すまない」
「全部終わってからやもの。ほんま、切なぁて堪らんのよ」
「あぁ……すまない」
 同じ時を過ごし、同じ思想を抱いて育ってきた仲だ。
 それなのに何も知らされず顔を見せることもなく、全てが収まって漸く姿を現す。
 江戸中を巻き込んだ騒ぎだ、何も耳に入っていないはずはないだろう。
 首謀者である高杉の存在は知らずとも、近況は気になっていただろうに。
「配慮が足りなかった。すまん」
 謝罪の言葉を口にしながら、桂はの頭を撫でる。
 撫でながらも、再び同じことが起こってもやはりには何も言わないであろうことを確信していた。
 言いたくないわけではなく、仲間外れにしたいわけでもない。ただ、巻き込みたくないだけだ。
「こた」
 名を呼び、隣を叩かれる。
 請われるままに頭を離して桂はの隣へ腰を下ろす。
 は手を伸ばして桂の髪に触れた。
 刀で斬られた髪はざんばらで、長髪だった桂は首の後ろがやけに涼しい。
 の指で梳かれる度に小さな風が起こり、感触がくすぐったい。
「……お前が大事だから、怪我をして欲しくないんだ」
「全部終わってからそんなん言われたかて、ただの言い訳にしか聞こえへんわ」
「いい加減機嫌を直せ」
 眉間に皺を寄せようとしているように顔を顰め、はただ桂の髪に触れる。
 けれど、さきほどと同じに笑顔を貼り付けられるよりは、いい。
 口を引き結び言葉を返そうともしないので、桂もの髪に手を伸ばした。
 斬られる前の桂よりも長い髪は柔らかく、簡単に指に巻きつけられる。
 近い位置を利用して、そのまま口元に持ってくれば容易に口付けできそうだ。
 思いついたそれに実行しようと指に巻きつけた髪を、桂は引き寄せる。
「お前ら、なァにやってんの」
「っ!」
 真横にいきなり出てきた銀時の声に、二人は身を竦ませて離れた。
「あ、おお銀時。出歩いていいのか? 今お前の所へ手土産持って見舞いに行こうと思っていたところだ」
「へええ? 見舞いに行こうって人間が、こんなところに座り込んでナニしてんだって?」
 銀時の目が据わっている。
 やましいことをしていたわけではない。
 まあ、多少悪戯心が芽生えたことは否定できないが。
「銀、ほんまに平気なん?」
 頭にはまだ包帯が巻かれている。
 心配そうに手を伸ばすににかりと笑い、銀時はが触れやすいようにと腰を屈めた。
「心配ねえよ、もう治りかけだ。それに、あんな場所に居たらいつまで経っても治りゃしねえよ」
「え?」
「何でもねえ。おめえにゃ関係ねえ話だ」
 銀時の言葉に伸ばしかけていた手が小さく震えて止まる。
 折角機嫌が直りかけていたのに、と桂は嘆息した。
 気付かないのか、銀時は止まった手に自ら頭を摺り寄せ何故か満足そうに笑う。
ー、なんか食いもんねえか? 甘ったるくて腹持ちするもん」
「志村さん所で世話になっとったのに、何も食べんと出て来たん?」
 仕方あらへんね、と笑いを零しながら頭を一撫でし、は何か食べ物を取りに奥へと姿を消す。
 が座っていた場所へ代わりに腰を下ろし、銀時は桂を横目で一瞥した。
「あいつに余計なこと、言うんじゃねえよ」
「まだ言ってない。言う気もない。お前こそ包帯の取れていない姿で現れるな。不安にさせる」
 睨みの応酬はが盆を持ってきたことで終了を迎える。
 苺大福と練菓子を見つけ、桂が嗜めるのも無視して銀時は早速手を伸ばした。
「ん、美味い。ったくよぉ、あいつらの出すもんっつったら可哀想な卵だとかお粥だとかさあ、俺ぁけが人であって病人じゃねえんだっつうな。いや病人でも可哀想な卵は食わせちゃいけねえんだけどな」
「食べ物もちゃんと消化できへんほど大怪我したんちゃう?せやからお粥なんよ」
「いやいやいや、ありゃああいつらの嫌がらせだよ」
「怪我人相手に嫌がらせするなんて、よっぽど皆のこと怒らせたんやね、銀の字」
「おいおいそりゃねえよさんよお」
 俺がどんだけ頑張ったと思ってんの、と溜息吐いて首を横に振る銀時に、は笑顔のまま目を細めた。
 桂は口を噤んだまま湯飲みを傾ける。触らぬ神に祟りなし、だ。
「ふうん? その話、うちは詳しゅう知りたいんやけど、教えてくれる?」
「また今度な。銀さん今和菓子食ってて忙しいから」
「…………銀の字」
 軽口を叩く銀時に対しの声は冷えを増す。
 それでも笑顔を浮かべていたりするのだから、怖い。
「大丈夫だよ」
 視線は和菓子に釘付けのまま、銀時がの頭に手を置いた。
 ふいを突かれては反応できない。
「おめーに心配させることも泣かせることもしやしねえから」
 視線も合わせない銀時の腕には、真新しい包帯が巻かれている。
 普段と同じ服装をして態度も飄々としたままで、には銀時がどれほどの怪我を負ったのかも知らない。
「嘘吐き」
 何も教えてくれない時点で心配しているのだ。
「嘘じゃねえよ。もう少し俺を信じろってなあヅラ」
「ヅラじゃない桂だ。って俺に振るな!」
 銀時の手を頭に載せたまま視線を向けてくるに、一瞬言葉に詰まった。
「……っ。っ、まあ、あれだ。銀時はどうでもいいとしても、俺のことは信じても裏切らないぞ」
 咳払い一つ、桂はしゃんと背筋を伸ばして微笑みを浮かべる。
「お前何一人だけ株上げようとしてんだ」


 *


 を間に挟んだ桂と銀時のやりとりはそれから方向を違え、高杉も銀時の怪我も無関係の所へ転がった。
 そうしてそのままがそれ以上言及することもなく、結局最後は笑顔で二人を見送った。
 手土産だったはずの和菓子の箱は銀時へと渡り、何とはなしに二人は並んで歩く。
「……ヅラァ、何でお前のとこ来たんだ」
「ヅラじゃない桂だ。それはこっちの台詞だ。そんな格好で、心配するなと言うほうがおかしいだろうが」
 飄々としていても、身体のあちこちに巻かれた包帯は痛々しい。
 大丈夫だ、安心しろと言われたところで、目の前に現れた姿は無事ではなかったことは明白だ。
「俺は怪我さえ治しゃバレねえのと違って、おめーの髪は一目瞭然じゃねえか」
「だからお前はまだ完治してない状態で、ばればれだと言っているんだ!」
「誰のせいでタイミングずれたと思ってんだ」
 横目ながらも睨みを利かせる銀時の視線に、桂は足を止めた。
 銀時が傷付き、療養しているということはあの事件に関わった者なら知っている事実だ。
 言うことから察するに、銀時は完治するまでの前に現れようとも思わなかったのだろう。
「あいつらに使いも頼まなかったぞ、俺は」
 神楽や新八にも和菓子を買いに行かせもしない。
 全貌は知らずとも何か勘付いているだ、子供二人を言葉巧みに誘導して聞き出すことくらい朝飯前だろう。
 そうして事のあらましを知り、胸を痛める。
「…………。悪かった」
 どこから情報を得たのかは知らないが、桂がの所へ行くと聞きつけ、包帯を巻いた状態のまま顔を見せに来たということか。
 自分一人が悪者になった気がして、桂は罰が悪そうに顔を背ける。
 途中で機嫌を直すことはできていたと思うのだが、銀時が危惧した通り、なし崩しに話を漏らしてしまった可能性は高い。
「だが銀時。俺はに不安を抱かせたまま、悶々とした日々をこれ以上送らせるには、忍びなかったのだ」
「そんな殊勝な性格じゃないだろ、あいつは。自身で動かない内はまだ我慢できるってこった」
「しかし……」
「笑って何もなかったことに出来るのにしないってことは、そんだけ俺達を信用してるんだろ。俺ぁあいつの泣き顔見るより、全部終わって『何も知らなかった』と怒られるほうがなんぼかマシだ」
「……俺は」
 桂は、に寂しい思いをさせるのも悲しい思いをさせるのも嫌だ。
 それは銀時も同じ思いだろう、けれどそれよりも涙を見ることが辛い。
 寂しげに眉を寄せる表情も何かに腹を立てて頬を膨らます様子も、幼い頃に散々見てきた。
 けれど泣き顔は、一度も見た事がないから対処に困る。
 だから涙を見るよりもと、怒られるほうを選ぶのかもしれない。
「俺達の大事な女には、笑顔で居て欲しいからな」
「ややずれている気がせんでもないが、その気持ちは良く判る」
 もう大丈夫だからと安心させて、それから怒られるほうが後は宥めるだけなので楽だ。
「おめーも早く髪元の長さまで戻せよ」
「早く包帯が取れるまでに完治させろ」
 でないとまた、心配させる。